「買った後のストーリー」があってこそ、本当に価値のあるクルマである
そう。新車を買って家に帰ったら、家族をテストドライブに誘います。アメリカでは、近所の人を誘って走るという習慣もあります。そうした新車購入にまつわる様々な出来事も次第に落ち着き、やがて夜が訪れて1日が終わります。そこで就寝する前に、もう一度車庫に行き、買ったばかりの新車に「おやすみ」を告げる……。そういうことをおのずとオーナーにさせるのが、マツダが作る車なんです。ミアータの場合は車に座って一夜を明かした人も多かったようです。
そして翌日。通勤や通学時に最短距離で会社や学校に行くのではなく、自宅を少し早めに出て遠回りをしたり、帰り道には普段通らないような面白い道を通ったり。
場面は変わり、購入して1ヶ月ほど経った週末。時間を作って遠出をしようと思い立ちます。周りの景色が普段と異なれば車の表情も普段とは変わってきますし、光の当たり方によっても「面の表情」が変わる。そうしたストーリーを最初からデザインの中に織り込んでいれば、車との関係はどんどん深まり、愛着も強くなっていくでしょう。




ストーリーはまだ続きます。やがて何年もの月日が過ぎ、車を手放す時がやってきます。特にミアータは2人乗りで屋根が開く車なので家族連れには使いづらい。若いオーナーが結婚して子どもを授かったら、普通の乗用車に乗り換える日が来るかもしれません。しかし手放した後も、オーナーの心の中にずっと思い出が残る車でありたい。それから何十年も経って、子どもが成人し、また2人乗りの車に乗れる日が訪れたら、かつて自分が乗っていたミアータを再び手に入れる。少々傷んだ車であっても、レストアして乗りたくなるような車であってほしい。
そのためにはメーカーも20年先を見据え、フェンダーやバンパーなどのスペアパーツを提供できるよう態勢を整えておかなければなりません。ベンツなど他のメーカーではクラシックセンターというものを設けてパーツを保存し、昔の車に乗りたいというオーナーの要望に対応できるよう準備をしていますが、当時のマツダにはそういう発想がありませんでした。
こうしたフィロソフィーを持たせた最初のマツダ車がミアータであり、結果的にこれが『Zoom Zoom』というコンセプトのベースになりました。その際、僕が使っていた『トキメキの世界』というテーマも英語にあらためようということになり、一生懸命考えて作ったのが『Inspired Sensation』でした。
僕はもう何十年もEメールのサインなどに「Always Inspired」という言葉を使っていますが、この語源は『トキメキの世界=Inspired Sensation』なんです。
徹底的にディテールにこだわった、メカ開発ストーリー
僕の仕事の範疇からは外れますが、メカの観点からもストーリーはあるんです。例えば初代RX-7は、右手でハンドルを握って左手でギアシフトを持った時、右手と左手の感覚が全く違うんですよ。直径が違えば表情も変わるのは当然のことなのに、それを揃えようとは思わなかったんですかね。あるいは、ペダルを踏んだときに、RX-7はロータリーエンジンだからタコメーターの針がぴょんと上がるんですが、その割に力が付いてこない。スポーツカーならリニアに「針の動き」と力が一緒に付いてくるようにしないといけないと思うんです。さらに加えると、初代RX-7は電磁ファンだからエンジンをかけると乗用車と同じ音がするんです。それではスポーツカーとしての魅力がないということで、ミアータも今の電気ファンになりました。
そういった一般の人からすればつまらないディテールにもスポーツカーならこだわらないといけないのに、日本のプランナーは誰もそこに触れなかった。一方で僕たちのような車好きは細部にこだわって描いているんです。
当時の開発の平井主査はとても熱心な人で、僕たちの描いたものをそのまま再現してくれました。プロトタイプができた時には驚きましたよ。ギアシフトは「手首だけで動かせるように」と書いておいたら、予想以上の感触まで備わって最高の出来。細かいところまで作り込んでありました。