以前の記事:シンガーソングライターのYoshiko “yoppi”さんに聞いてみた UXのタテヨコナナメvol.11
料理の味、空間、サービス ー 全体から考える
浦田さん:料理を通してお客さんに印象を残してもらうには、味だけではなく、空間やサービスを含めた全体の体験が重要だと思っています。ただ美味しい料理を出すだけでは足りなくて、それがどんな場所で、どんな雰囲気で出されるか、誰と食べるのか、どんな気持ちで過ごせるのか、そういった部分が全部つながって「記憶に残る体験」になると思うんです。
浦田さん:そうですね。特にコース料理は流れがすごく大事で、僕も最初の一皿目からお客さんの期待感をどう高めていくかを考えています。たとえば暑い日なら、酸味の効いたさっぱりした料理から始めて、そのあとに旨味がしっかりしたものを出す。そうやって緩急をつけることで、「あ、こういう流れでくるんだな」と思ってもらえる。
途中にはちょっと甘さを感じる一皿や、苦みのあるものを挟んで、最後のメインではある程度しっかりしたコクのある料理で締める。デザートはすっきりと終わらせる。こうした構成は、料理の味だけじゃなく、全体としてどう「起承転結」を作るかという視点で考えています。
味も全部が全部同じ方向性では飽きちゃうんですよね。酸味、旨味、甘味、苦味、塩味、それぞれの要素をどこで主張させるか。全部を同じテンションで出しても記憶には残らないので、ポーションも含めてバランスを取っています。
最近は20品くらい出すような長いテイスティングコースが流行っているんですが、実際には「美味しかったけど、何を食べたか覚えていない」という声もよく聞きます。個人的には、それよりもシェフ自身が本当に伝えたい料理にフォーカスして、5品とか6品に絞ったほうが印象に残るのではないかと思っています。そうすればお客さんも人に話したくなるし、紹介もしやすくなる。それがまた次の体験につながっていくんじゃないかと思っています。
浦田さん:サービスはかなり重要ですよね。サービスって、下手をすると料理以上にお客様の心に残ることがあります。
まずは基本的なことですが、その人が今日どんなシチュエーションで来ているのかは、すごく重要。入店した時の雰囲気でなんとなくわかることもあるし、直接聞いて確認することもあります。誕生日だったら、着席した時にすぐ「おめでとうございます」と声をかけるだけで、お客さんの表情がパッと明るくなるんです。記念日やプロポーズなんかもそうで、ちょっとした一言が、その日の体験をガラッと変えてしまう。アメリカではこういう気遣いがすごく重視されていて、サービススタッフ全員が連携して祝福の言葉をかけることもあります。
一方で、いつもと同じ「日常」を求めていらっしゃる方もいる。一つひとつ情報を集めて、その上でやりとりすることでお客様の心地よさを作り出せるのかな、と思います。
浦田さん:前提としてはお店のコンセプトに合った空間づくりが大切だと思っています。家具や床の素材、色合い、質感といったインテリア全般ももちろんですが、特に重要なのはライティングですね。照明ひとつで空間の印象は大きく変わりますから。
たとえば、ニューヨークのレストランは全体的にかなり暗めの照明が多いんですよ。中には、メニューが読めないほど暗いお店もあるくらい(笑)。でも、コンセプトに沿った空間の雰囲気やお客様の層によって、適切な明るさを見極める必要がありますよね。
接客のスタイルに関しては、僕は比較的カジュアルでフレンドリーな接し方が好きですね。もちろん基本的な対応はしっかり行いますが、必要以上にかしこまったり、マニュアル的になりすぎたりするのは避けたいかな、と。たとえば「今日は何か特別な日ですか?」とさりげなく聞いてみるとか、店内で流している音楽にお客さんが反応していたら、「この曲、お好きなんですか?」と声をかけてみるとか。
お客さんとのちょっとした会話の中で、自然に距離を縮めるような接客が理想なんじゃないでしょうか。
浦田さん:お客様がドアを開けて入店してから、席に案内され、料理を楽しみ、ときにはお手洗いを使って、最後にスタッフやシェフとちょっとした会話を交わしてお店を後にする——これがレストランでの一連の体験の流れです。その範囲で、いかに心地よいことを、自然にさりげなく行えるかが鍵なのではないでしょうか。
あとは「心地よくないこと」を減らすという視点も必要になりますよね。たとえばお手洗いが汚れていたり、備品が切れていたりすると、それだけで全体の印象が台無しになってしまうこともあるんですよね。どんなに料理が美味しくても、どれだけスタッフの対応が良くても、その残念な記憶だけが残ってしまうこともある。だからこそ細部にも目を配らないといけないと思っています。その感覚の境界線を見逃さないことが、体験全体の質を左右するんじゃないかと感じています。


浦田さん:何よりも大事なのは、店で働く人がポジティブであることだと思っています。料理の現場って、どうしても厳しくなりがちで、シェフの機嫌に振り回されることもある。でも、厨房で怒鳴り声が飛び交っているようなレストランで食事したくないですよね。そもそも、そういう空気って絶対にお客様にも伝わります。
自分たちが100%の力を出せるような雰囲気を作っていくこと。それが結局、お客さんの良い体験に繋がっていくんですよね。上に立つ人が、どれだけ良いチームを作れるか。怒ることが必要な場面もあるけれど、基本的には前向きな空気を作れる人が、いい店を作れると思っています。
ゼロから渡仏し、ミシュラン三つ星レストランで修行
浦田さん:今はレストランに所属しつつ、同時進行で自分のお店を立ち上げるための準備をしています。その経緯でプライベートシェフをやらせていただいたり、知り合いのポップアップに参加させてもらったりしています。
浦田さん:幼い頃から、両親が結婚記念日に毎年、地元のフレンチレストランに連れて行ってくれました。そのお店を訪れるのは年に一度だけ。おしゃれな空間で、美味しくて、とにかくワクワクした経験が自分の中に残っていて。料理の道に入って今年で22年になりますが、料理人を志したときに迷いなくフレンチを選んだのはこうした思い出が裏側にあります。渡仏に関しても応援してくれ、今の自分があるのは間違いなく両親のおかげです。
高校卒業後、大阪の辻調理師専門学校に進学しました。そこで1年間基礎を学んだ後、フランス校にも通いました。現地での研修も含めて、フランス校ではおよそ1年弱お世話になりました。その後日本に戻って、東京で6〜7年ほど料理人として経験を積みました。当時の職場では、フランス料理一筋でやってきた尊敬する師匠のもとで、基礎からしっかりと学ばせていただきました。料理に対する考え方や姿勢、技術の一つひとつが、今の自分のベースになっています。
そして、27歳か28歳くらいのときに、改めてフランスで働く決意をしました。渡仏はまったくの未知の挑戦でした。滞在許可証やビザこそあったものの、ワークビザはグレーな状態。知り合いも家族もいない、フランス語もままならない状況で、ゼロからのスタートでした。
最初は働き口すら見つからず、悩んだ末に地元の本屋でミシュランガイドを買って、自分が住んでいた地域に掲載されていたレストランを片っ端から調べました。そして、25〜30軒ほどのレストランに履歴書と手紙を送りました。文面は、語学学校の先生にお願いしてフランス語で書いてもらいました。当時は今のようにメールやチャットで簡単にやり取りできる時代ではなかったので、すべて手紙で出したんです。
そんな中で、たった一件だけ、レストランのシェフから留守番電話が入っていました。何度も何度も聞き直して、やっと「電話をください」ということだと理解できたんです。意を決して電話をかけて、たどたどしいフランス語で話をしました。すると、「こんな条件だけど、それでも良ければ来てほしい」と受け入れてくれたんです。
そのレストランは、フランス南西部のバスク地方に位置していて、スペインとの国境にも近い場所にありました。当時は知らなかったのですが、実はフランスで最も歴史のある二つ星レストランのひとつで、伝統ある名店「ルレ ド ラ ポスト」だったんです。フランス語もままならない日本人の僕を雇ってくれたのは、本当にありがたいことでした。
給料は現金手渡し、住まいは研修生と同じような簡素な小屋。それでも、とにかく必死に働きました。結果的にはそのレストランでビザも取得でき、最終的に4年間勤めることができたんです。

その後「レジスマルコン」を経て「トロワグロ」で修行していた頃、辻調理師専門学校フランス校時代の同級生から声がかかりました。「ニューヨークでレストランの立ち上げを手伝ってほしい」という内容で、僕としても新しい挑戦の場として興味がありました。正直なところ、アメリカに行けば自分の好きな音楽を自由に楽しめるだろう、という期待もありました。そうしてニューヨークに移り住み、現在に至ります。

その場所だけが全てじゃない
浦田さん:東京で働いていた頃のお店での経験が、今の自分にとってすごく大きな影響になっています。そのお店は銀座にあって、料理の質の高さはもちろんですが、何より印象的だったのはオーナーの感性でした。
そのオーナーさんは、ワインにも音楽にも深い造詣がある方で、いつも「美味しい料理と良いワイン、そしてその空間に流れる音楽。この3つが完璧に重なったとき、その体験は何倍にも豊かになる」と言っていました。当時の僕は、正直音楽にはあまり興味がなかったんです。でも、あるとき店内でかかっていた曲に、ふっと心をつかまれた瞬間があって。
その曲が、オールマン・ブラザーズ・バンドの《One Way Out》でした。聴いた瞬間に一気に引き込まれてしまって。「この曲、なんですか?」と思わず聞いたのを覚えています。そこからは、オーナーやマネージャーにいろいろ教えてもらって、音楽の奥深さが少しずつわかるようになりました。同時に料理と空間、音楽の関係性というのも度々意識するようになりました。
浦田さん:面白いなと思ったのは、料理人が自分で料理を運んで、その場で説明してくれるレストランですね。NY郊外にあるファインダイニング(高級レストラン)だったんですが、お水やカトラリーはサーバーの人たちがしてくれるんですが、要所要所でシェフたちが出てくるんですよ。自分が作った料理に対して、自分の言葉で伝える。それってすごく説得力があるんです。彼らは自分たちで育てた野菜を使っていて、どうやって育てたのかとかまで、説明してくれる。すごく印象的でした。
ただ、シンプルに「素晴らしい体験」を挙げるなら、やっぱり旅が一番じゃないでしょうか。料理人としての経験ももちろん大切なんですけど、それ以上に、知らない土地に行って、未知の文化や食に出会うことが、自分にとっては何より刺激になるんです。
特に印象的だったのはメキシコ。3週間くらい滞在しました。もともと自分のなかでメキシコってそんなに興味があったわけじゃないんですけど、実際に行ってみたら想像をはるかに超えて魅力的でした。文化も全然違うし、街の空気もエネルギーに満ちていて、何より料理が本当においしい。自分の知らなかった食材や調理法が次々に出てきて、「まだまだ知らない世界がたくさんあるんだな」と素直に思わされました。
もちろん、ヨーロッパやフランスにも行こうと思えば行ける。でも、そういう場所ってある程度自分の中で想像がつくんですよね。メキシコみたいに、良い意味で裏切られる体験というのは、なかなか得難いものだな、と。

浦田さん:僕はあんまり本を読むタイプではないんですけど、そんな僕でも「これは良かったな」と思ったのが、デール・カーネギーの本ですね。すごく有名な本なので、読んだことがある方も多いと思うんですが、『人を動かす』と『道は開ける』の2冊です。
どちらも、たとえば人との関係性や、相手の立場を思いやる気持ち、心地よさをどうつくるか、といった考え方に通じるところがあるのではと思います。
浦田さん:海外に行けとは簡単には言えません。人それぞれ状況が違うし、誰にでもできることではないですから。でも、もし今仕事や学校で悩んでいたり、行き詰まっていると感じているなら、「その場所がすべてじゃないよ」と伝えたいです。ちょっとだけ視野を広げて、違う世界があることを思い出すだけでも、気持ちが変わることがあります。
浦田さん:お伝えしたように、今、自分の店の立ち上げ準備を進めています。日本の食器も取り入れたいと思っていて、たとえば岐阜の美濃焼なんかは、見た目も雰囲気もすごく奥深くて面白い。料理と器が合わさることで、また新しい体験が生まれると思うんです。どんなお店にしていけるか、僕自身も楽しみにしています。
今回のまとめ
体験をつくる、という視点から料理人の仕事を振り返ってくれた浦田さん。味だけでなく、空間、サービス、照明、音楽までが一つとなって「記憶に残る体験」に繋がっていく、という例えには、普遍的な体験設計の全てが含まれていると思わされました。
・料理の流れに「起承転結」を持たせ、五感に語りかける。
・気遣いや空間演出を通じて、自然な心地よさをつくる。
・提供者自身がポジティブであることが、体験の質を左右する。
フランスでの修行やニューヨークでの挑戦、そして旅から得た感覚を携えながら、自身のレストラン開業に向けて歩みを進める浦田さん。シェフの仕事とは、料理を媒介に体験をデザインし続けることなのかもしれません。彼の料理は食事という枠を超えて、訪れる人の心に寄り添うメディアとも言えるのだろうとも感じました。
シリーズ最終回となった今回のインタビュー、いかがでしたか?
編集部では、このシリーズの振り返りスピンアウト企画を計画中です。ぜひそちらも楽しみにしていてくださいね。

浦田 智裕
1982年、沖縄県那覇市出身。辻調フランス校を首席で卒業。2003年東京銀座グレープガンボ入店。2009年単身渡仏。フランス南西部「ルレ ド ラ ポスト」、フランス中央部「レジスマルコン」、フランス・ロアンヌ「トロワグロ」にて修行。2017年、NYに移り「MIFUNE」を立ち上げる。ニューヨークでレストラン開業に向けて準備を進めながら、プライベートシェフとしても活動中。