合同会社メッシュワーク・人類学者の比嘉夏子さんに聞いてみたUXのタテヨコナナメvol.3

Jul 14,2023interview

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Jul14,2023

interview

合同会社メッシュワーク・人類学者の比嘉夏子さんに聞いてみた UXのタテヨコナナメvol.3

文:
TD編集部 青柳 真紗美

「結局のところ、UI/UXってなんですか?」シリーズを通じてUXの奥深さにふれ、デザインだけでなくビジネスやアカデミック領域からもUXを考えてみたい、とふわっとスタートした新連載。第3回は合同会社メッシュワーク共同創業者・人類学者の比嘉夏子(ひが・なつこ)さん。
オセアニア・トンガ王国の人々が営む生活や経済について継続的なフィールドワークを行うほか、メッシュワークを通じて企業等の各種リサーチや共同研究に参画しています。
人類学的な調査手法と認識のプロセスを多様な現場に取り込んでいる比嘉さんが考える、UXとは?

写真は全て比嘉さん提供

前回の記事:UXのタテヨコナナメvol.2 文化人類学者の小川さやかさんに聞いてみた

「そもそも」を、人類学的な見方で捉えると?

人類学者としての視点を、企業のUXリサーチなどに活かす取り組みをされている比嘉さん。早速ですが、UXを考える時には何が重要だと思いますか。

比嘉さん:人はシンプルなルールだけでは動かない多様性を持った生き物だということを、きちんと分かっていることが大切だと思います。
私たちは物事をつい狭い範囲で考えがちです。「こういう課題を持っている人が、こういうきっかけでこのサービスを使う」といった、限定的な経済活動の一場面にとらわれてしまうと色々な豊かなものを見失ってしまう。
範囲を限定したほうが物事は理解しやすいのは確かです。でも、実際の私たちの生活はもっとごちゃごちゃしていて、そんなにきれいに線が引けるものでもない。だから「ユーザー体験」と呼ばれるものだって、本当はすごく複雑だし範囲が広い。そのことを理解しておくことが重要なのかなと。

国産タオル開発の協働プロジェクト
比嘉さんは現在、合同会社メッシュワークで「ビジネス領域に人類学者の目をインストールする」ことをミッションに活動されています。UX分野で企業と協働することも多いとか。詳しく教えていただけますか。

比嘉さん:私たち人類学者は「参与観察」と呼ばれる主観性を伴ったアプローチによって調査対象を理解してきました。それは一般的にビジネスの現場で用いられるような、「客観的な」データのみを重視することとは異なります。インタビューといった手法だけでなく、一定期間をその対象の人々とともに過ごし、彼らを取り巻く環境や暮らしの文脈を理解するようなといった手法も取ります。

例えば今手がけている地域系のプロジェクトでは、短期間ですがその地域で実際に家を借りて住みながらフィールドワークをしようとしています。普通のリサーチだと、重要人物にインタビューで話を聞いたり、地域住民の人たちとワークショップをしたり、何回か通ってフィールドワークすることが一般的だと思います。でも、実際の現場は自分自身が生活者の目線に立って初めて分かることに満ちていて、地図や資料を眺めたり、関係者にちょっと話を聞いたりするレベルでは知り得ないことの方が圧倒的に多いんです……例えば、近くにスーパーはあるけどちょっと高いからなんとなくそこには行かない、とか。小さなリサーチの積み重ねによって、そこに暮らす人たちが今どういう状況にあるのか、そのコミュニティがどのように回っているのかが分かるんです。

一般的なリサーチでは「私は質問する人であなたは答える人です」みたいに関係を固定しがちですが、それって人と人との関係としてすごく不自然ですよね。いくら「なるべく自然に」と言ったところで、ある種の権力関係が発生します。そこでいかに相手の人たちと普通の付き合いをするか、普段の会話から何かに気づかせてもらったりするかが大事。フィールドワークでは、自分たちが住まわせてもらっている、中に入れてもらっているという意識を大切にしています。

なぜメッシュワークを立ち上げたんですか。

比嘉さん:私は長年、トンガでフィールドワークをしてきました。でも、異質な「他者」は、なにも遠い島だけにいるわけではありません。身の回りにも、異なる習慣を持ち自分とは違う価値観で動いている人たちがいます。そう考えたときに普段暮らしている生活の範囲内にある、私たちがよく分かっていないこと、あるいは私たちが当たり前だと思い込んでいることを人類学的な目線で捉え直してみたら、新しい気づきが得られるのではないかと思ったんです。

それで、人類学的な「ものの見方」を現場で活かして、さまざまな人たちと協働して何かを作ったり人々を理解したりすることに本腰を入れて取り組みたくなり、合同会社メッシュワークを立ち上げました。

トンガでのフィールドワークの様子
「人類学的なものの見方」がビジネスの現場で活かされるのはどんなときですか。

比嘉さん:一つは、課題や問いを立てるときですね。
人類学では、対象を見つめる中で「それは本当に課題なのか」「この問いは適切なのか」といったそもそもの部分に立ち返らざるを得ない場面が多々あります。
ある人にとっては問題だけれど他の人にとっては全然問題じゃない、ということが、世の中にはたくさんある。だからこそ現場をちゃんと見て、その人たちがどんな風に世界を捉えていて、何かを課題だと考えているのかいないのか、きちんと問い直さなくちゃいけない。
周囲がどれだけ一生懸命解決しようとしても、問いの立て方が間違っていたら何をやっているのかわからなくなってしまいます。自分が捉えているものを疑ったり、捉えなおしたりする作業が必要で、そこに人類学が役に立つんじゃないかと思います。

もう一つは、フレームワークや手法自体を考え直したり、より適切な方向へと変えていったりするときですね。UXリサーチの分野ではフレームワークがある程度確立されています。リサーチャーには、どのフレームワークを使うか、どう使うかを考えていくための視点が必要です。

どういった企業が相談しにくるんですか。

比嘉さん:現状ではコンサルティングファームやデザイン会社、シンクタンクさんからの依頼が多いですね。自分たちの顧客に新しいアプローチを提供したいという空気を感じます。新しい発想や気づきを得てそれを顧客に提供したいと考えていらっしゃる方たちが、人類学的なものの見方やアプローチに期待や可能性を感じているのだと思います。

比嘉さんたちの取り組みが多くの企業に受け入れられている背景には、どんなことがあると思いますか。

比嘉さん:リサーチと呼ばれるものが単なる「仮説検証」になってしまいがちだという現実があると思います。プロジェクト開始時点で仮説やゴールが決まっているために、そこに沿った形でしかユーザーの姿を見にいくことができない。
現場は豊かで、そこには本当に可能性があるんです。現場に近い人間はいろいろな情報を持っているにもかかわらず、仮説検証やゴールへの最適解といった、問いの答えを探すためのリサーチになってしまう。そうすると現場で起きている複雑で豊かなことがいっぱい削ぎ落とされてしまうんですよ。

複雑で豊かなことが削ぎ落とされる。

比嘉さん:例えば「AとB、どちらがいいか」という問いを用意しても、その人たちが実際に大事にしているのはAでもなくBでもない何かだ、という可能性があるじゃないですか。だけどAかBかっていう問いに答えなければいけないとなると、じゃあAよりはBかな、みたいな話になってしまって、現実にその人たちが持つ価値観に沿わない結果が導かれてしまうことは多々あります。

人類学者が参与観察という、フィールドワークをとおして現場を見ることを大事にするのも、自分の思い込みを起点にリサーチをするだけでは分からないことがたくさんあると思っているから。リサーチを設計し、計画に沿って進めることが一般的ですが、そもそもその設計で良かったのかどうか問いなおすべき瞬間もあれば、実際に現場や人々を見るにつれて当初の想定とはずれていく瞬間なども、必ずあると思うんです。当初の枠組みに縛られず、常にふりかえりながら、現場起点で柔軟に進めることが大切だと思っています。

企業を対象としたセミナーの様子

企業とユーザーを人類学で繋ぐ

人類学的な視点をUXリサーチに取り入れると、具体的に何がどう変わるのでしょうか。

比嘉さん:UXリサーチにはいろいろなタイプがありますが、一言でいうならプロダクトやサービスとそのユーザーを観察し、それぞれの接点をどれだけどんな風に見ていくかという話だと思います。

人類学では、特定の経済活動の場面だけではなく、生活全体や、あるいは対象の過去の経験やそれまでの経緯、周囲の人間関係など、時間や空間の範囲をぐっと広げ、見ていきます。それに対して、一般的なUXリサーチでは捉えている範囲がとても限定的に見えるときが私にはあります。
人類学的に現場をみるというのは、人と物と環境といったいろいろな関係性や広い文脈の中で、変化しつづける対象を見ていくということかなと思います。

人類学でありのままを見つめるという行為と、「売れる商品をつくる」ための調査をするという行為というのは全然違うと思うのですが、そこに葛藤はないんでしょうか。

比嘉さん:難しいですよね。人類学者が続けてきた、「普通の」人たちや少数派の人たちの声をすくい上げていこうとする営みと、企業が商品の売上を伸ばすためにリサーチを行う試みって、矛盾するじゃないですか。倫理観や政治性など、さまざまな思想がせめぎあう中に身を置いているという自覚は確かにあります。ただ、ポジティブに捉えるのであれば、企業も自分たちのプロダクトやサービスが社会的にどんな意味を持っているか、社会にどんな影響を与えているのかを考える時代になってきているとも思います。企業の目標と顧客の幸福は必ずしも相対する場所にあるわけではなく、うまく重なり合うことで、さまざまな人たちにとって最大限適切な解が生まれる。人類学がそれを繋ぐ役割を担えるといいなと思っています。

リサーチの中でありのままを見つめたら、企業にとってネガティブな側面も出てきませんか。「そもそもこの商品って必要なの?」といった……。

比嘉さん:それはありますね。新しい価値に気づいたり、問いのアップデートや見直しができたりする一方で、クライアントの企業の方々がそれまで無意識にも目を背けていた現実が見えてくることも。そういう意味では、私たちが嫌われ者みたいな役割をすることも結構覚悟しています。

ただ、そうした側面を直視し、きちんと可視化することは、その企業にとっても長い目でみれば必ず価値があると思います。見たくない事実も含めて現場で起きていることを認識して初めて、これからの自分たちの方向性を考えられます。タフなプロセスではありますが、長期的な経営戦略など根本的な部分を考えるきっかけになることもあります。

リサーチャーはもっと自分の目を信じて

そうした現場にいると、UXリサーチャーたちの葛藤も見えてきそうですね。

比嘉さん:そうですね。マニュアルやフレームワークの存在が悪いわけではないのですが、フレームに収まらない要素をもっと積極的に取り込んだらいいのにと思います。メッシュワークには私以外に水上という人類学者がいますが、彼と一緒にフィールドワークをすると、彼が気づくことと私が気づくことって違うんですよ。同じことに注目する場合も多いですが、私があまり反応しない人に彼は反応したり、逆に彼があまり注目しないところを私が面白がったりすることがあって。そうした個々の特性ってすごく大事だと思っています。

共同創業者の水上さんと

UXリサーチのフレームワークは、どのようなリサーチも平準化される傾向があります。でもそこだけ取り出したらつまらなくなるのは当たり前ですし、「誰がやっても同じリサーチ」に面白みはない。やっぱり人間って一人ひとり違う視点を持っているので、その人だからこそ見えてくるものの価値をリサーチの中で活かせるといいんじゃないかと思います。

リサーチャー自身も自分の目を信じよう、と。

比嘉さん:そうですね。企業の方々とご一緒していると「もっと思ったことや好きなことを言えばいいのに」と思うときがあります。「できるだけ正解を出さなきゃ」なんて考えなくていい。
たとえばユーザーインタビューで面白いエピソードが聞けたとしても、プロジェクトに関係ないと判断してしまって、なかなかテーブルの上に出てこないとか(笑)。対象を見ていく中でリサーチャー自身の視点で気になったものを観察したり掘り下げたりすると、気づけることも多いはずです。

自分自身の視点で観察したり掘り下げたりする。

比嘉さん:はい。そういう意味では、リサーチャー自身が揺さぶられることってすごく大事だと思っています。私自身も、揺さぶられ続けるためにフィールドワークに行っている感じです。

2023年2月にメッシュワークのゼミで発表会を行ったのですが、私が付けたタイトルは「フィールドから揺さぶられるとき」。
普段通っているお店や所属している草野球チーム、隣の家に住んでいる大工のおじいちゃんなど、自分ではなじみがあり分かっているつもりの人々のことをみなさん調べていたのですけど、フィールドワークを進めるほどにこれまで見えていなかった側面が見えてくるんですよ。そうすると、自分たちの想定は異なっていたのかもしれないと認識がアップデートされてくる。
実際に受講生たちはフィードワークを通じて思考をグラグラ揺さぶられ、当初の関心や問いが徐々に変容していったんです。そうした体験は企業のUXリサーチでも可能だと思います。

UXにまつわることで、最近興味があることやハマっていることがあれば教えてください。

比嘉さん:最近自転車を買ったときの話をしていいですか。折り畳み自転車なのですが、実際に使う場面を考えると、乗るだけじゃなく畳みやすさや重さも大事なので、かなりリサーチをして、さらに試乗にも行ったんです。事前にチェックした動画ではスムーズに畳んでいたのに、実際自分でやってみたらプロセスで気になるところがあったり、動画みたいにささっと畳めなかったり。最終的に、畳み方や運び方がすごく考えて設計されているイギリスのブロンプトンというメーカーの自転車に決めました。
新しく出会う物や道具に自分が今後どう付き合っていくのかなどを考えながら、実際に選び手に入れるプロセスはすごく面白いなあと思いました。

UXを学び始めた人や、これからビジネスでUX設計に関わっていく若手の社会人に向けて、アドバイスやおすすめの書籍はありますか。

比嘉さん:自分が面白いと感じたことを大事にしてほしいですね。アンテナを常に張った状態にしておいて、気になることや好きと感じることを調べて、そこを起点にしながら周囲をリサーチしてみるといいと思います。

書籍については、人類学のイントロダクションとして、『フィールドワークへの挑戦』(菅原 和孝著,2006年)という本をおすすめします。手前味噌ですが、私も大学生の時に実践した初めてのフィールドワークについて一章寄稿しています。私以外にも、大学で一緒に人類学を学んでいた人たちの話が載っているのですが、フィールドワークを行うプロセスの中での試行錯誤や葛藤などがかなり赤裸々に書いてあります。リサーチをする時のさまざまな視点や切り口の話も出てきて、人類学だけに限らず面白いところがある本です。

今後の活動について教えてください。

比嘉さん:もっといろいろな業界の人たちとお仕事をさせていただきたいですね。どの分野のどんな状況に人類学的なアプローチが活かせるかというのは、お話ししてみないと分からない部分が多いので。

人類学というと堅苦しく聞こえてしまいがちですが、ハードルは全然高くないです。人や社会を理解し、何かを作っていくお手伝いをできたらいいなと思っているので、気軽にお声をかけてくださると嬉しいです。

最後に、比嘉さんが面白いと思う、次にお話を聞きに行く方をご紹介いただけないでしょうか。

比嘉さん:デザイン研究者の上平崇仁さんはどうでしょうか。デザイン領域と人類学領域の重なりについて、そして両者が一緒に何をやることができるのか、真摯に考えていらっしゃる方です。上平さんは「デザインには態度の側面も重要」とおっしゃっていて、そこに共感を覚えるんですよ。人類学ってどうしてもリサーチメソッドみたいに捉えられがちなのですが、結局は人や社会とどう向き合っていきたいかを問われているので、同じように態度の話だな、と思うんです。

ありがとうございます。今回の連載はUXデザインの話から始まって人類学に広がりましたが、ぐるっと回ってデザインに戻ってきました。早速ご連絡してみます!

今回のまとめ

人類学の繋がりで小川さんから比嘉さんへ渡ったバトン。企業のUXリサーチャーと協業する機会も多い比嘉さんだからこそ、UXリサーチでありがちな落とし穴を実感しているようです。

・限定的な場面に囚われずに、現場に溢れている豊かなものを探しに行こう

・「問いの答え」を探しにいくためのリサーチになっていないか?

・フレームに収まらない気づきをもっと大切に

この取材を実施する前は、UXリサーチャーというとフレームワークを次から次へと繰り出す武器商人のような印象を持っていました。しかし、やはりそこに葛藤はあるのだな、と不思議と安堵しました。人類学者の方々の参与観察という調査手法に見られる「対象を狭めず、ありのままに見つめ、時として問いそのものを問う」こと。UXリサーチの一般的な手法とは真逆の部分もあるのかもしれないし、企業の求めるスピードとのギャップもあるのかもしれませんが、ユーザーを理解するための取り組みとしては、こうした視点を持てるかどうかで得られる発見も大きく変わるように感じました。

 

比嘉夏子(ひが・なつこ)

人類学者。博士(人間・環境学, 京都大学)。合同会社メッシュワーク共同創業者。株式会社 Hub Tokyo顧問。岡山大学文明動態学研究所客員研究員。 オセアニア島嶼社会の経済実践や日常的相互行為について継続的なフィールドワークを行う一方で、より実践的な人類学のあり方を模索し、合同会社メッシュワークを設立。人類学的アプローチを多様な現場で活かすべく、組織や個人の伴走支援を行う。

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