参加型デザイナーの森一貴さんに聞いてみたUXのタテヨコナナメ vol.5

Nov 10,2023interview

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Nov10,2023

interview

参加型デザイナーの森一貴さんに聞いてみた UXのタテヨコナナメ vol.5

文:
TD編集部 青柳 真紗美

「結局のところ、UI/UXってなんですか?」のスピンアウトとして始まった当連載。ビジネス領域から人類学にジャンプした後、デザイン研究者の上平さんが紹介してくれたのは福井県鯖江市でシェアハウスを運営し、参加型デザイナーとして多くの地域プロジェクトに関わる森一貴(もり・かずき)さん。
最近ではフィンランドのアアルト大学(Aalto Universtity)でデザインを学び「わからなさのデザイン- Design within Uncertainty」という論文も発表しました。森さんが考えるUXとは?

TOP写真撮影:堀田麻衣(取材はオンラインにて実施)

前回の記事:UXのタテヨコナナメvol.4 デザイン研究者の上平崇仁さんに聞いてみた 

UXを考えるための5つの鍵

早速ですが、森さんにとってUXを考えるとは何を考えることでしょうか。

森さん:この連載を読ませていただいて、重要な要素が少しずつ見えてきた印象を受けました。ここまでの議論を分解すると5つほどになりそうだなと。
1つ目は「ユーザー」。既にたくさんの方が触れていますが、そこに加え前回のゲストの上平さんはユーザーの定義そのものについて議論していましたし、小川さんや比嘉さんからは「ユーザーのリアリティをもっとありのままに受け取っていくべきでは」といった議論もあったと思います。
2つ目は「サービスやプロダクトの提供者」。これはまだ深掘りされていませんが、藤井さんから、ステークホルダーへの視点がUXの中でも広がってきているといった話があったと思います。
3つ目として「広がり」、4つ目が「時間」。この二つについても多くの方が(サービスやプロダクトが)使用されている瞬間だけではなく、それを取り巻く暮らしの中にあるものや、社会問題なども含めて考えていくべきではといった話をしてくれていたと思います。上平さんは、それらが同時に影響し合いながらユーザー自身も変わっていくといった話を、存在論的デザインのところで話していました。
そして5つ目に「デザイナー」があると思います。UXを考えるとは、その全てを見ていくことなんだろうなと。

森さん自身の取り組みを振り返った時にも、この5つの要素の重要性は感じますか。

森さん:強く感じます。特に僕が重要だと思うことは2つあって、まずは5つ目に挙げた「デザイナー」。これはこの連載ではまだあまり触れられてこなかったと思うんです。ユーザーや提供者の目線でデザインする人はたくさんいる一方で「デザイナー、お前自身はどうなんや」っていうところが実はおろそかにされているんじゃないかという気がしていて。
これはデザインの倫理に関する部分であるとも言えます。ルーシー・サッチマンも「デザイナーが匿名になっている」と述べていますが、どこにもいないところから問題を作り出し、解決してやろうという姿勢になっていないか、と。

本来は、デザイナーもユーザーと同じ地平に住んで同じ時間を共有しているはず。もちろんユーザーを中心に考える必要はあれど、そこから広がっていく「網の目」の中にデザイナー自身も巻き込まれて、ともに暮らしている存在だと自覚することーーデザインしたものをきちんと引き受けようとする覚悟みたいなものが大事なのではないかと感じます。
そのためにはデザイナー側のリアリティに目を向ける必要もあるのかなと。客観的・合理的に調査・検討しているように見えて対象者を意識的に選んでいたりする。また、デザイナー自身の理想や組織の事情みたいなものにも影響を受けているでしょう。
もちろん簡単なことではないと思います。UXが語られる場面には、大抵クライアントがいて、予算も期日もある。でも、その中でできる限りの倫理観を持ってデザインできるといいなと思うんです。そうできずに悲しい結果に繋がってしまった例もたくさん知っています。

森さんが重要視する、もうひとつの要素はなんですか。

森さん:4つ目に挙げた「時間」です。これまでデザインには「終わり」がありました。UXデザインにさえ「リサーチして理解してデザインして納品」という感覚があったと思います。それが大きく変わり、クライアントの課題や、社会問題に継続的に付き合っていくものになってきています。
UXを考える上でも、購入や使用の瞬間だけを切り取ればよかったものが、考えなければいけないシーンが広がってきている。しかし時間軸を大きく切り取ると、さまざまなことが影響しあって色々なことが揺れていきますよね。
ユーザーの気持ちや関わり方だけではなく、時にはそこで解決されようとしている課題自体も変化していく。ただしそうして「揺れていく」ことは必然だし、必要なことでもある。なのでUXという領域はこの揺れに対応できるようになっていかなくちゃいけないんじゃないかなと思ってました。

撮影:堀田麻衣

実践・応答し続ける「わからなさのデザイン」

その「揺れ」の話は、森さんが研究されてきた「わからなさのデザイン」にも繋がってくるのでしょうか。論文のイントロダクションでは「思いもよらない景色が生まれる可能性を耕す営みとしてのデザイン―場を揺さぶり、他者を招き、弱さを委ね、継続的に実践・応答し続ける、集合的で平凡で曖昧なものとしてのデザイン―」と述べられています。

森さん:まさしくそうですね。

今の森さんの活動について少し聞かせてもらえますか。

森さん:福井県鯖江市がフィールドです。シェアハウスを運営したり、RENEWという産業観光イベント(※現在は脱退)を長くやったりしてきました。最近は行政のデザイン案件が増えてきていて、デザイン思考やサービスデザインを導入するといったプロジェクトに関わっています。デザインの文脈に入るときは自分を「参加型デザイナー」と言ったりしています。

RENEWにて (撮影:Tsutomu Ogino (TOMART:PhotoWorks))
どういった経緯から「わからなさのデザイン」というテーマの研究に取り組むことに?

森さん:鯖江に移住後、いろんなことをやってきたんですよ。当時も今も直感的にやってるんだけど、その背後に一貫して大事にしているものがありそうだとずっと思っていたんです。でもそれが何なのかが見えなくて。シェアハウスもRENEWも、同じ流れの中にありそうだなと考えていたときにちょうどパンデミックが起きた。そこでこれは転機なんだろうなと思って、自分がやってきたことは何だったのかを探求しようと、2021年にフィンランドのアアルト大学のデザイン修士課程に進みました。「コラボレイティブ&インダストリアルデザイン」という学科で、そこで参加型デザインやサービスデザインを本格的に勉強しました。

なぜアアルト大学だったんですか。

森さん:僕は教育分野でのバックグラウンドもあるんです。3年間ぐらい塾をやってたり、高校の教員免許も持ってたり。自分にとって、一つの象徴的な場所である北欧に自分の身を置いてみたくて。そこで自分がどんなことを思うのかに興味がありました。

森さんが過ごしたアアルト大学(撮影:森一貴)
デザインとの出会いは?

森さん:東大での学部時代は地理学専攻で都市や街に興味がありました。新卒でコンサルティング会社に就職後、2015年に鯖江市に移住し「TSUGI」というデザイン事務所と関わるようになりました。就職はしてないんですが、5年ほどプロジェクトマネージャーとして活動したんです。デザインとの出会いはそのころでしょうか。
でも、僕はグラフィックデザインもプロダクトデザインも全くできないので、僕自身は自分がデザイナーだとは思ってないんです。「あれ、なんだかデザイン文脈にいるな」って気づいたのも結構最近のことです。3年前とか。

網の目、ローカル、長期、「ともに」

森さんが考える、良いUXのルールがあれば教えてください。

森さん:UXの話じゃなくなっていくんじゃないかと若干不安なんですけど、4つあるなと思ってました。
1つ目は、網の目を引き受けていること。2つ目は、ローカルにやっていること。3つ目は長期的に関わっていること。4つ目は、ともにしていくこと。

「網の目を引き受ける」。先ほども出てきましたが、まず「網の目」とは?

森さん:「私とあなたは別々のものである」という考え方ーー言い換えれば2つの点が相互に関係を作っていくといった考え方に対して「影響し合う関係性が先にある」という考え方があります。順番が逆なんです。上平さんからも存在論的デザインや、縁起という言葉で解説されていました。関係性が先にあり、その中から個人みたいなものが浮かび上がってくる、と。
そうやって常に出会ったり解かれたりし続けるつながりを、僕は網の目と表現しています。
じゃあそれを引き受けるってどういうことかといえば、簡単に言えば、自分自身が網の目に編み込まれていると認識することなんだと思います。このとき、何かをデザインするという行為は、網の目を介して、他の全てのものたち、翻って自分自身をも揺さぶります。そのことに対する倫理や責任を認識することが大事なのではないかと。ロン・ワッカリーは、デザイナーはデザインするとき、その対象とともに「経歴書」を共有する、という言い方をしています。つまり、デザインが終わったらさよならになるわけじゃない。デザインは歴史的に、デザイナーとデザインされる対象との間に「刻まれる」ものだ、そういう覚悟のようなものが必要なのではないでしょうか。

二つ目の「ローカルにやっていること」は、最初に話したデザイナーの当事者意識みたいなものとも繋がってくるんですが、関係し合う網の目の中で「自分の目線からUXをやっていく」ということです。
三つ目の「長期的に関わっていること」は先ほど話した時間の部分ですね。

そして最後に「ともにしていくこと」。これは他の3つとも重なるんですが、離れたところから介入するのではなく、一緒に話を聞きながら、あるいは参加し合いながらやっていくことが大事だなと。
この辺りは例えばティム・インゴルドも「何かについての人類学じゃなくて、何かと『ともに』やっていくのが人類学である」みたいな言い方をしていたりします。デザインについても全く同じで「何かをデザインするんじゃなくて、何かとともにデザインしていく」態度が必要なのではないかなと。

ルワンダのルへへ小学校

それらをふまえて、このUXは素晴らしい! という例はありますか。

森さん:アフリカのルワンダにあるルヘヘ小学校の事例を紹介します。
この小学校はマスデザイングループ(MASS Design Group)と、アフリカデザインセンター(ADC)の共同プロジェクトです。ルワンダが近代化する中で子どもたちの入学率が一気に高まり、教育、学校、建築を整えていくことが急務でした。そうした背景で2018年に完成したのがルへへ小学校です。
マスデザイングループを率いるクリスチャン・ベニマナは、アフリカで建築家を育てることを目的としたADCを立ち上げました。ここから10人のフェロー(学生)を受け入れて取り組んだのがこの小学校づくりです。このプロジェクトは建築家の育成に貢献しているだけでなく、建築そのものも地域の土着建築をリサーチして蘇らせる形で生み出されました。

画像:ADC Webサイトより引用

さらに興味深いのが空間的および時間的な広がりに対する視点です。
ルへへ小学校は「ローファブ(ローカリーファブリケーテッド)」と「デザインリペア」という二つのコンセプトを掲げて進められました。
ローファブは地域のものを使って作ることにこだわっています。建築に必要なマテリアルのうち、80%以上を現場から半径50km以内、99%を150km以内で調達しています。
そしてデザインリペア。地元メンバーを中心として110人を雇用して、その人たちに建築技術を伝える。彼ら自身が、修繕が必要になったときに自分で直せるようにしたんです。

空間的な広がりという意味では、普通だったら都会からコンクリートのような既に作られたものをぱっと持ってきて、あるいは世界各地から必要なものを集めてきて小学校を建てるという発想になりそうなところを、そうじゃなくて、マテリアルも人も両方を近接地域から持ち込んでいる。そうすることによって、ものが地域の網の目の中で巡るような状態を作っている。
社会的な課題に対してもすごく大事な役割を果たしています。土着の建築技術を継承する取り組みでもあるし、雇用も生んでいる。スキルを持たない人も多く、特に女性は働き口が少ない中で、レンガ作りや土の破砕などの技術そのものを伝えていきながら、雇用を産んでいくということをやっている。
ものや人の流れを地域の中で実現しつつ、雇用問題だったりだとか、土着の伝統を継承していくっていう社会課題にも対処しているっていう、非常に広い射程を持ったプロジェクトです。

画像:ADC Webサイトより引用

時間的な広がりという意味では、未来を見据えた設計がされている。これまでのやり方ーー例えば違う国から技術者を連れてきて、資材やデータも外国から持ってくるといったパターンだと、例えばデータが壊れたとか、何か修繕が必要になったときに自分たちで直せないんですよね。E.F.シューマッハーとかは、外から技術やものを持ってくるような、途上国などにありがちな開発の手法をずっと批判しています。
一方このプロジェクトでは、近郊で入手できる素材を使って自分たちで直すことができる。
さらに、社会環境が変わって、収容人数を増やしたり、部屋数を変えたり、用途を変えていったりといったニーズにも、自分たちで対応していくことができる。

一般的にはつくった時の状態に元に戻そうとするのが「修理」に対する普通の考え方です。そうじゃなく、デザイナーの手が離れたあとで、使う人々が対峙しながら必要な状態に向けて変わっていける・変えていける。そんなことをこのプロジェクトでは担保できているんじゃないかなと。僕が「わからなさのデザイン」の中で使った言葉を使わせてもらうなら「どうなるかわからないけれどそれでいい」っていう状態ですね。

ありがとうございます。これからUXを考えていく人や、若手社会人に向けて、彼らの世界を広げる一言やおすすめの書籍、学習コンテンツなどがあればぜひ教えてください。

森さん:いろんな要素を引き受けながら倫理感を持ってやっていくしかないんじゃないかなと思います。
書籍は『Design, When Everybody Designs』を紹介しようと思ってました。ただこの本は邦訳がなくてですね、その代わりに、僕たちが翻訳した『Livable Proximity』という本の邦訳として『ここちよい近さがまちを変える』(Xデザイン出版)が出版されました。
どちらもエツィオ・マンズィーニの著作で、広い網の目を引き受けながら、ローカルに長期的にやっていこうとするデザインの態度について書かれた本だと僕は思っています。

マンズィーニはイタリアのデザイン研究者でソーシャルイノベーションのためのデザインの領域で世界的に有名な人です。「一般の人々もデザインする能力を持つようになり、一人ひとりが自分でデザインする世界になったときに、デザイナーはどういった役割を持っているのか」といったことを考えている人。人々が協働しながら自分たちが欲しい未来を自分で作っていくことを後押しするのがデザイナーなんだというのが彼の主張です。

最後に「この人のUXについて考えを聞いてみたい」という方を一人、紹介してください。

森さん:インプロを専門にされている堀光希さんを紹介したいと思います。インプロは、その場につどった人たち、ものたちに体で応答しながら、場が一緒につくり出されていくという意味で、最もわからなさにひらかれている実践のひとつだと思います。インプロするとはなんなのか、そのためには何が必要なのか、ファシリテーターはそのために何ができるのか……。僕自身もとても興味がある領域です。
堀さんの役割は、このインプロのファシリテーター。ファシリテーターは応答を生み出しながら自分自身も変わっていくというもので、デザイナーにとってもたくさんの示唆があるんじゃないでしょうか。

ありがとうございます。ご連絡してみます!

今回のまとめ

この連載でここまで4名の方が語ってくれた内容を整理した上で、改めて自身の考えを語ってくれた森さん。

・ユーザー、提供者、広がり、時間、デザイナーの5つの観点からUXを捉え直してみる

・「揺れていく」ことは必然であり、そこに対応していくこと、倫理観を持つことが必要

・何かをデザインするんじゃなくて、何かと「ともに」デザインしていく態度を持つべき

今回もたくさんの示唆がありました。UXを取り巻くステークホルダーの中で「デザイナー」の置かれた場所や事情が言及されたのは今回が初めてで、個人的に新鮮な視点を得ました。
また、時間や空間を意識した瞬間にUXが引き受ける領域が一気に広がることにも気付かされました。「揺れ」を必然と捉え、対応していくこと。デザインする責任や影響に真摯に向かい合っていくこと。売ることだけを追求したUXデザインは、もしかするとそれ自体が持続可能なものではないのかもしれないとも考えさせられた時間でした。

 

森一貴(もり・かずき)

アアルト大学デザイン修士。東京大学教養学部卒。わからなくなってゆくデザインを探索する。コンサルティング会社を経て福井県鯖江市へ移住し、RENEWやゆるい移住など、持続可能な地域を目指すプロジェクトを企画・実施。また、政策・公共領域におけるサービスデザイン・参加型デザインにも取り組む。

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