結局のところ、UI/UXって何ですか?vol.9日産のUI/UXデザイナー、櫻井大祐さんに聞いてみた

Feb 20,2022interview

#UI/UX

Feb20,2022

interview

結局のところ、UI/UXって何ですか?vol.9 日産のUI/UXデザイナー、櫻井大祐さんに聞いてみた

文:
TD編集部 出雲井 亨

デザインの現場でUI/UXを考える人々とお話ししながら、UI/UXとは何か、その輪郭をとらえていこうという当連載。これまでWebサービスやアプリを手がける方に多くご登場いただいてきたが、今回、スピンアウト企画として日産のUI/UXデザイナー、櫻井大祐(さくらい・だいすけ)さんとお話ししてきた。サンフランシスコの美大を卒業し、シリコンバレーのスタートアップやIT企業で経験を積んだ後、帰国して日産に入社。メーターやCID(センター・インフォメーション・ディスプレイ)のUIデザインを担当している。クルマというリアルなプロダクトに組み込まれるUI/UXとはどんなものなのだろうか。

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大勢の意見を取り入れてデザインを磨き上げる

櫻井さんは、運転席にあるメーターや、CIDの画面デザインを手がけていますね。UI/UXを考えるとき、どこから考えはじめるのでしょうか?

櫻井大祐氏(以下:櫻井):クルマに限りませんが、何かプロダクトを作るとき、多くの場合、すでに他の会社の製品やサービスが存在しています。ですから、画面デザインのUI/UXを考える時も先行する製品やサービスを参考にしながら「まず自分で作ってみる」というのが最初のステップとなります。実は、本当にゼロから作るというケースはほとんどありません。

ただし、その時点ではまだデザインに自分の直感が入っています。直感というのは、あくまで「自分の体験に基づくもの」なので、必ずしもお客さまにとって正しいものではありません。ですからデザインの過程ではできるだけ多くの人の意見を取り入れ、それを反映しながら、なるべく多くのバリエーションを作るようにしています。もちろん、たくさんのバリエーションからひとつを選ぶときも、できるだけ自分の主観を基準にするのではなく、大勢の意見を取り入れるようにしています。

「ベンチマークを作ること」と「多くの意見を取り入れること」。この2つが、デザインする上では大切です。

自分の直感で制作したデザインを人に見せて磨き上げていくのですね。具体的には、どのタイミングで人に聞くのですか。

櫻井:プロジェクトによりますね。コンセプトカーのように比較的制約が少ないプロジェクトであれば、まず自分でナビやメーターの画面を1つ作ってみて、周りの人に意見を聞いたり、チーム内でフィードバックをもらったりします。

一方、実際に販売する製品になると、人工(人間工学)実験の部署がデザインを確認するというプロセスが、開発工程に組み込まれています。ですから、私が周りに聞くまでもありません(笑)。ワイヤーフレームを作ると、R&D(研究開発)の部署が仕様書通りにできているかを、人工実験の部署が人間工学の観点から使いやすいUIになっているかを評価してくれます。

評価のプロセスがしっかり確立されているんですね。

櫻井:はい。純粋に開発スピードで比べれば、IT業界のほうが圧倒的に早いペースで開発を進めていることは確かです。IT企業のプロダクトは、いったん世の中に出してみて、反応を見ながら改善していくことができますから。

でも、クルマはそうはいきません。安全性に関わるので、世の中に出す前にしっかり時間をかけて評価します。万が一、UIが使いづらくて事故につながったりしたら、取り返しがつきませんから。もちろん、アプリのようにベータ版でリリースして、ユーザーに使ってもらいながら不具合を洗い出す、なんてこともできません。

お客さまが、事故なく安全に目的地へ辿り着けるように、製品発売前の評価・検証はとても大切です。

取材時に例として説明してもらった「ARIYA」

大切なのは、インテリアとの調和

UI/UXデザイナーの方は、他のプロダクトデザイナーと比べても、自分の直感や美意識ではなく、多くの人の意見を取り入れようとしている方が多いように感じます。

櫻井:コンセプトデザインのタイミングでは、ある程度自分がやりたいデザインを提案する機会もあります。ただプロダクトを作るときに最も重要なのは「インテリア(内装)との一貫性」です。自分の主観にこだわるのではなく、できるだけクルマのコンセプトに沿ってデザインした方が、やはり実際にクルマのインテリアにはめ込んだときの完成度は上がります。一貫した体験を提供するためには、周りのデザインと調和が取れていることがとても大切です。

例えば、ARIYAは「日本の伝統美」がクルマ全体のデザインランゲージとなっており、そこに違和感のないUIを意識しています。

ARIYAのインテリア。「日本の伝統美」がコンセプトになっている
櫻井さんがUI/UXをデザインするときに決めているマイ・ルールはありますか。

櫻井:そうですね……。画面をデザインするときは、その場限りのUIではなく、他の画面でもできるだけ活用できるよう意識しています。クルマの場合、デザインするスクリーン数でいうと200以上はあるので、「このページのUIはこっちのページにも使えるか」といったデザインシステム的な面はデザインの最初の段階から考えて作りますね。お客さまのユーザビリティはもちろん考えますが、一方で開発効率もある程度考えながらデザインします。

また、これは多くのUIデザイナーさんがやっていると思いますが、8ピクセルのグリッドを基本に画面をデザインします。コンピュータの画面サイズは1024ドット、1920ドットなど基本的に8の倍数になるためです。ただ日産は製造業の会社ですので、寸法の定義が全部ミリメートルで出てくるんですよ。「ボタンサイズは8ミリメートルにしてください」と。だから、こちらでピクセルに変換しなくてはいけないんです(笑)。

UI/UXデザインが成功したかどうかはどのように判断しますか。

櫻井:日産で手がけた仕事のうち、すでに世に出たものはまだ多くはありませんので、実際のお客さまの声は数多くは聞けていません。以前の職場でスマホアプリのデザインを手がけたときは、アプリのレビュー欄を見て確かめていましたね。使い勝手に関するネガティブなコメントがなければ「満足してくれたのかな」と。考えてみると、UIデザイナーって自分のデザインが満足に使われているのかを確認できる機会は意外と少ないですね。

それに、UIは「1回作って終わり」ではありません。常にフィードバックをもとに改善していくのがUIなので、いつまでたっても満足する機会は訪れないのかもしれません。もちろん、製品を発表するときがひとつの区切りにはなりますが、達成感があるかというと……。すぐに「次はどうするか」と考えはじめますので。

クルマでも、製品のアップデートをしていくのですね。
2021年12月に発表された日産の次世代のクロスオーバーEVコンセプト「NISSAN CHILL-OUT(チルアウト)」

櫻井今までは、リリース後の製品をアップデートするプロセスはありませんでした。でもAndroidが入ってくることにより、今後そういうプロセスが発生してきます。従来は「ひとつ発売したら、次はまたスクラッチ(白紙状態)から」みたいなことができましたが、これからはそういう時代じゃないと思いますので。

実際の企業を題材にデザインしてみる

UI/UXをデザインするには、どのようなトレーニングをするといいでしょうか。

櫻井これは私がサンフランシスコの美大で学んでいたときの方法ですが、実在する企業の新製品や新サービスをデザインしてみる、というのがおすすめです。なぜこれがいいかというと、リアルな製品をデザインする際には実際の製品や競合の製品のリサーチが必要になるからです。リサーチを行うことによって、多くのデザインに触れますし、機能と制約を理解した上でデザインすることになります。つまり、アウトプットを出すために、自然と多くのインプットも行います。

コンセプト部分から自分で作り始めると、つい自分がやりたいようにやってしまいがちです。でも、実際のデザインには必ず制約があります。その制約を感じながらデザインすることで、実際の仕事に近い環境で学べます。学生さんなら、ポートフォリオのひとつにもなると思いますよ。アメリカではこのやり方が主流でした。

櫻井さんが良いと思うUI/UXデザインはありますか?

櫻井:iPhoneのワイヤーフレームは、出たときからずっと変わっていないのがすごいし。Google マップもすごいと思います。なんか、何を見てもすごいと思っちゃいます(笑)。

クルマだと、テスラのUIは面白いなと思います。あそこはクルマの企業というより、ソフトウェア企業の雰囲気がしますね。例えば犬を乗せたままクルマを離れるときのために、車内のディスプレイに室内気温とともに大きく「犬が乗ってます」と表示される「ドッグモード」があったり、クラクションやウインカーを出すたびにおならの音がする「おならモード」があったり。こういうのはユニークだなと思います。

良いUI/UXだと思うサービスやプロダクトの共通点を教えてください。

櫻井:ファーストステップがシンプルなほど、いいUIだと思いますね。例えばGoogleの検索画面は、登場したときからずっと一緒ですよね。iPhoneも、アプリを起動する最初のステップであるホーム画面の構成は、発売から何年たっても変わっていません。製品が出たときからコンセプトが決まっているのはすごいなと感じます。そういう意味では、クルマもそうです。お客さまを安全に目的地に連れて行くというのが最優先ですので、多少の違いはあってもコンセプトは一緒ですね。

櫻井さんだからこそできるUI/UXデザインってありますか?

櫻井:もともとシリコンバレーにいたころ、デザイナーだけでなくエンジニアとしても働いていました。だから、こう作れば開発効率が上がるだろうな、とエンジニア視点を想像できるのは私の強みです。もちろん今はデザイナーなので、ときには無茶を承知でデザインを提案することもありますが(笑)。また、私は積極的に人の意見に耳を傾けるほうだと思います。デザイナーの中には話を聞くのが苦手な人もいますが、私はできるだけ多くの意見を聞くよう心がけていますね。

インプットよりアウトプットが重要

最後に、学生さんやこれからUI/UXデザイナーを目指したい方々に向けて、オススメの書籍などがあれば教えてください。

櫻井:いっぱいあるんですが(笑)、ひとつだけであれば『誰のためのデザイン?』(D. A. ノーマン著、新曜社)を挙げたいと思います。かなり昔に書かれた本ですが、今でもコンセプトは同じで、普遍的な内容です。

ただ私は、インプットよりアウトプットが重要だと思っています。多くのものを読むより、多くのものを作ったほうが学びがあるのです。極論すれば、10冊、100冊読むより1つ作った方が勉強になるのではないかと思います。読むとしても、何か1つ作ってみてから読めば何か発見があるかもしれません。

今回のまとめ

サンフランシスコの美大で学び、シリコンバレーのIT企業でデザイナーとして経験を積んできた櫻井さん。最先端のITの現場で身につけた方法論が、自動車メーカーというモノづくりの会社でも共通していたのは面白い発見でした。一方で、細かな使い勝手や視認性が利用者の安心安全に直結するがゆえの慎重さは、製造業ならでは。一度手を離れたら後から改良を加えるのが難しいのも、ハードウエアの難しさです。

・自分の直感にこだわることなく、なるべく多くの意見を取り入れる

・安全性に関わるからこそ、使い勝手をしっかり時間をかけて評価する

・多くのものを読むより、多くのものを作る方が学びがある

今後、あらゆる業界のサービスやプロダクトでUI/UXの視点がますます重視されるようになると思いますが、その基本となる考え方は、櫻井さんが実践している「多くのユーザーの声を聞きながら磨き上げていく」ことなんだな、と思いました。

 

櫻井 大祐(さくらい・だいすけ)

2008年にサンフランシスコで美術大学を卒業後、シリコンバレーにて広告代理店に就職。 大手IT企業をクライアントにデザインと開発の経験を経て、BtoB企業Citrixに入社。Citrixではモバイルとデスクトップのアプリケーションのデザインを担当。 2015年サイバーセキュリティのスタートアップvArmourに入社。2017年に日本に帰国し、日産自動車でGUIデザイナーとして従事。車載のメーターやアプリのUI/UXに携わる。

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