素材メーカーが牽引するデザインAGC・ミラノデザインウィーク作品から見えたもの

Aug 26,2019report

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Aug26,2019

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素材メーカーが牽引するデザイン AGC・ミラノデザインウィーク作品から見えたもの

文:
TD編集部 藤生 新

素材と技術に対する知識をどれだけアップデートできるかで、デザインの可能性は無限に広がる。そんなことを改めて実感できる展示がAGC(旧社名:旭硝子)によって開催された。2019年4月の「ミラノデザインウィーク2019」に出展されたインスタレーション作品「Emergence of Form」(うまれるかたち)を通じて、素材・技術とデザイン、そしてメーカーとデザイナーの関係性も提案する。

写真提供:AGC株式会社

AGCが手がけたミラノデザインウィーク作品の帰国展

ガラスメーカー・AGC(旧社名:旭硝子)は、2015年より、世界最大規模のデザインの祭典「ミラノデザインウィーク」に出展している。5回目となる今年の展示物は「Emergence of Form」(うまれるかたち)。創立から100年以上の歴史を誇るガラスメーカーならではのノウハウを活かし、同社が蓄積する多彩な素材と加工技術を活かして制作されたインスタレーションだ。
2019年5月24日から7月13日までの間、東京・京橋のAGC Studioにて、ミラノからの帰国展「EMERGENCE OF FORM – MILAN DESIGN WEEK 2019 TOKYO EDITION」が開かれた。本稿ではその内容および、展覧会にあわせて開催されたフォーラムの模様をお届けしたい。

ガラスとセラミックスで自然の美しさを表現

本展でAGCが着目したのは、多用途でニーズの高いガラスの成形加工技術と、3Dプリンター用セラミックスによる機能性造形体を用いた「見たことのない形」。展覧会のクリエイションパートナーを担当したプロダクトデザイナー・鈴木啓太氏は、展覧会に寄せたコンセプト文の中で次のように語る。

ガラスとセラミックス。異なる2つの素材を用いて、常にうつろう自然の美しさを表現した空間を作りました。ガラスの三次元曲面成形やセラミックスの3Dプリンティングといった、AGC独自の先端技術によって作り上げられたインスタレーションは時々刻々と姿を変え続ける複雑な自然現象の一瞬を切り取ったものです。

会場に入って最初に目に飛び込んでくるのは、《BUBBLES》というシンプルな題名が付けられた「ガラスのシャボン玉」。半円形の巨大な膜が覆うようなその造形は、まるでガラスとは思えない華奢な印象を感じさせる。果たしてこれはどのようにつくられたのだろうか?

AGCの説明によると、本作には、鉄道車両や自動車のフロントガラスの成形に用いられる大型ガラスの加工技術が用いられているという。
部分的に熱を加えることで、曲面を正確に成形することが可能になったとのことだ。さらによく見てみると、《BUBBLES》はガラス全体が曲面となっているのではなく、台座のような底面の中央部が、まるで超常的な力で浮かび上がったかのように曲面化していることに気が付いた。

一般的なモビリティで用いられるガラス加工では、1枚の巨大なガラス全体をカーブ状に成形することが行われている。それに対して《BUBBLES》では、もとのガラスの平面部分も残したまま、その一部に熱を加えることによって、内側から突出したかのように巨大なガラスが加工されているのだ。
この形が可能になったのは大型ガラスの成形技術の進化によるものだが、このように「見たことのない形」を目前にすると、デザイナーたちが未だ活かしきれていない素材の可能性があるように思えてくる。もし自分がこの技術を活用するならば、どのような「形」をつくるのだろうか?──ふと気が付けば、そんな想像をしている自分がいることに気が付いた。

セラミックスの「水路」

この展覧会を構成するもうひとつの作品は《RIPPLES》。「セラミックスの水路」と銘打たれた巨大な陶器のインスタレーションだ。
なぜ、AGCがセラミックス? と思われるかもしれない。実は、従来ガラスを熔解する窯にはセラミックスが用いられており、そのためAGCもセラミックスの研究・開発を続けているとのことである。

そして長年の研究・開発の結果、セラミックスの成形材料である「Brightorb®」と3Dプリンティング技術が組み合わさり、近年、3Dプリンターでセラミックス製品をつくることができるようになったとのことだ。

その新しい加工技術によってつくられた《RIPPLES》は、水の波紋をプログラミングして、一瞬の静止した状態をセラミックスで再現した造形物。3Dプリンターで成形後、長崎の窯元で焼き上げられたという本作では、最新技術と伝統技術が文字通り「融合」していることがわかる。

また「さざ波」を意味するタイトルが指し示す通り、形を持たない水の波紋が、セラミックスという静的な「形」を伴って現れたさまからは、これまで体験したことのない不思議な感覚を覚える。
さらに最新の技術のみならず、伝統的な手わざも介入することによって、見た目の上では新しいものなのか古いのものなかもわからない時代を越えた印象も感じるのだった。

素材を知ることで広がるデザイナーの発想

本展で示されていることは、素材の可能性を知ることによって、それを用いる人の発想や想像力の幅がぐんと広がりうるということだった。
展覧会にあわせて開催されたフォーラム「徹底解説 Emergence of Form」では、デザイナーの鈴木啓太氏のほかに、AGCミラノプロジェクトメンバー3名が参加して発表およびディスカッションが行われた。

その中でも、AGCがミラノサローネへ出展するようになった理由として、事業開拓部・事業創造グループの勝呂昭男氏が述べた以下の発言はひときわ興味深かった。(※本文中の発言はAGC Studioイベントレポートを引用した)

勝呂:(中略)AGCというと建築用ガラスのイメージがあると思いますが、スマートフォンに代表されるようなプロダクトにもガラスが使われるようになってきていますよね。ところがプロダクトデザイナーに話を聞いてみると、「ガラスは僕らのデザインの選択肢に、そもそも入っていない」ということがほとんどなんです。それなら、そういう人たちにガラスを知ってもらう必要があるだろう、と。そう考えた結果、ミラノに出展した、というのが経緯だったと思います。

素材の可能性とともに、デザイナーの可能性をも引き出す試みとしてミラノへの出展が始められたということだ。

ミラノデザインウィークでの展示と、「クリエイションパートナー」として同作品を手がけた鈴木啓太氏

またデザイナーの鈴木氏は、AGCからの依頼を受けて、素材と寄り添った思考の中で「自然」という問題設定が立ち上がってきたこと、そして自然を所有できるようにすることがプロジェクトのテーマになっていったと語る。

鈴木:僕がつくったものでいちばん有名なのは、この「富士山グラス」だと思いますが、これはビールを注ぐと、泡が、富士山の冠雪部分に見立てることができて、富士山のように見えるというグラスなんですが、こういった自然というものは常に美しくて、人間が手に入れることはできないので、それを抽象化して所有できるようにしようというのがプロダクトをつくる際のテーマだと思います。

(中略)今までクリエイターが自然の一部を抽象化する、デザインというのはそういう行為だと思いますが、そういうことをみんな目指していたわけですが、その成形技術で、もしかしたらそのまま自然をつくれるんじゃないか、と思ったんです。ですから、今回は、僕が自然の一部を抽象化してきたデザインのやり方とは変え、自然をありのまま再現できないか、と。それを技術と素材でやろうというのがこのプロダクトの狙いです。

AGCの誇る成形技術が自然の営為に近づいてきているということ、本来、人工の極地であるはずの「加工技術」が素材と寄り添う思考の中で自然に近づいてきているという着目は、数々の環境問題や資源問題が浮上している現代社会において、クリティカルな視点であるように感じられた。

会場となったのは地下鉄・ミラノ中央駅(Via Ferrante Aporti 13, 20125 Milano, Ventura Centrale 内)

「発注側・受注側」にとどまらない、デザイナーとメーカーの新たな関係性

この展示を通して最も印象深かったこと。それは、デザイナーと素材研究・開発を行う企業の独特の距離感だ。通常のデザイン作業では、デザイナーが自らのビジョンを具体化し、それにできるだけ忠実な具現化をメーカーが行うというプロセスが一般的だろう。
しかし以下で鈴木氏自身が語るように、鈴木氏とAGCの関係は「持ちつ持たれつの関係」だった。

鈴木:形については「こういう雰囲気のようなものがいいな」と「三角形のような突出した形ではなく、大きなアールで突出したい」ということだけお伝えして、AGCの技術の方につくっていただいた。それは僕の狙いでもあって、ある意味、自然ではないのでしょうが、無理なくガラスが膨らんでいく時の形というのはすごく美しい形になるんじゃないかと考えました。これまでのデザイン、プロジェクトのやり方とは違うつくり方をしています。これは、この東京会場での施工の時、僕が自分で撮った写真なんですが、こういったガラスは改めて綺麗だなぁ、と。誰かがデザインしたということではなく、ガラスが膨らんだいちばん美しい形、そこにはいろんなリフレクションが入ってきたり、いろんなものが映り込んだり、透過していったりとか、複雑な要素があるのですが、自分でデザインしないことによって美しい形ができたなと思いました。

個々の技術が高度に専門化した結果、それら全体を統括して大きな画を描く作業はより難しくなっている。
しかし、個々の専門性を持った人々が有機的な関係を結び、お互いの可能性を引き出し合う関係性を構築するということが、新たなクリエイションにつながっていくのだということを、本展の展示およびフォーラムからは知ることができた。AGCと鈴木啓太氏のこれからの活躍にもますます期待していきたい。

 

 
 

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