資生堂の体験型インスタレーションに込められた想い現代における「美」の探究

Jan 10,2020s_park

#S/PARK

Jan10,2020

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資生堂の体験型インスタレーションに込められた想い 現代における「美」の探究

文:
TD編集部 藤生 新

2019年4月に開設された「資生堂グローバルイノベーションセンター」(通称S/PARK)。中でもひときわ目を引く「BEYOND TIME」は、同社のエイジングサイエンス研究の成果を活かしたUXデザインの新たな取り組みとして注目されている。実際にS/PARKを訪れ、資生堂が体験型インスタレーションを手がける意義を考察する。

資生堂がデザインする「デジタルタイムトラベル体験」

「もしも、親子の年齢が入れ替わったら?」
「友だちと一緒に20年後の姿になったら?」
「大切な人と、知り合う前の年齢で向き合ったら?」

実際にそんな状況が訪れたら、人の気持ちはどのように変化するのだろうか? 資生堂グローバルイノベーションセンター、通称S/PARK(エスパーク)に設置された「BEYOND TIME(ビヨンドタイム)」は、そんな疑問にこたえてくれる体験型インスタレーション。そのベースには、資生堂が長年にわたって築き上げてきたエイジングサイエンス研究の蓄積があった。BEYOND TIMEがいざなう「デジタルタイムトラベル体験」とは何なのか? 

容姿の変化で、意識はどう変化するのか

S/PARKには、パーソナライズスキンケアサービスを提供するS/PARK Beauty Bar、インタラクティブな展示を通じて「美」を体感できるS/PARK Museum、「アクティブビューティー」をテーマにしたスポーツ施設のS/PARK Studioなどが設置されている。

設立のきっかけは、2014年末に発表された資生堂の中長期戦略「VISION 2020」にまでさかのぼる。その経緯や施設の全体像は、design surf seminar 2019で実施されたセミナーのレポートに詳しいのでそちらをご覧いただきたいが、その中核には以下の5つのポリシーが掲げられていた。

・資生堂の最先端を「表現」する。
・コンシューマーと研究員の「交流」を促す。
・ここから「新価値」を生み出す。
・グローバルに「発信」する研究拠点である。
・みなとみらい21地区に「にぎわい」をもたらす。

これらのフィロソフィをもとに、S/PARKは「INSPIRATION/S」という環境デザインのコンセプトを策定。施設で長時間を過ごす研究員はもとより、来訪者にもインスピレーションを与えられる環境デザインをめざし、資生堂の象徴である「唐草模様」をアレンジしたデザインなどを意匠に取り入れたという。

そんな環境下で設置されているBEYOND TIMEは、体験者同士のコミュニケーションを深めることを狙ったインスタレーションだ。この装置は資生堂の長年にわたるエイジングサイエンスの研究をもとに開発されており、10代から80代までの日本人男女から収集した多様な顔データが用いられている。膨大な量のデータに最新のテクノロジーを融合することで、体験者の様々な年齢の顔立ちを3Dでリアルタイムに再現することが可能になっており、これこそ資生堂が手掛ける最先端の試みであるともいえる。

しかし、そもそもなぜ、資生堂がこうした体験型の施設に力を入れているのだろうか? その背景には、人の容姿の変化を見つめることによってもたらされる「意識の変容」をデザインしようとする資生堂の企図があった。

筆者は前述のdesign surf seminar 2019におけるセミナーを通じて「BEYOND TIME」に興味を持ち、実際にS/PARKを訪れてみることにした。全体の客層を見ると、若い女性層を中心にMuseumやBeauty Barを目的に訪れている人が多いようだ。そんな中、BEYOND TIMEは1階吹き抜けの最も目立つ位置に置かれている。知らずに訪れた人も、その近未来的な佇まいに思わず足を止めてしまいそうになる異様な存在感だ。

BEYOND TIMEの開発チームには、資生堂のインフォマティクスチームと、UXの分野で深い知見を有する社外エージェンシーの「R/GA」、空間デザイン・施工などを担当したラボラトリーの「NOMLAB」などが参加している。実際にこのインスタレーションの前に立ったとき、まず目を奪われたのは、その美しく近未来的な外観だった。プロダクトとして見てもその完成度は高く、体験者に「これから特別な体験が始まること」を否が応でも予感させる。装置の両サイドには人がひとりずつ入れる空間が設けられ、ファサードには小型モニターが設置されている。

原則的に、BEYOND TIMEは2人1組でしか体験できないため、筆者は一回り年の離れた友人を誘ってみた。すでに10年以上の付き合いになる友人で、相手がちょうど10歳年長ということもあり、お互いの年齢をシャッフルする実験相手としては申し分ないと思ったのだ。

BEYOND TIMEの体験は、入口で体験者がお互いの関係・性別・年齢を登録することから始まる。「関係」のプルダウンには「友だち」「カップル」「家族」「仕事関係」などの項目が表示されるが、お互いの関係性を改めて問われることはどこか照れ臭かった。親しい間柄でも、お互いの関係性を常日頃から口にする機会は少ないからかもしれない。ここで印象的だったのは「将来楽しみにしていることは?」などの質問が投げ掛けられたこと(合計で70通りあるそうだ)。やや唐突な質問に驚きながらも、質問に答えることが「タイムトラベル」に対する心の準備になる。

登録が終わると、画面には「どうぞお入りください」の文字が。そこで2人は別々に、装置の左右から入場する。

内部は2つの空間に分かれており、体験者はそれぞれモニターを介して向かい合って座る。全体はくもりガラスで覆われているため、扉を開けた時点で初めて内装を見ることができた。とくに印象的だったのは、モニターの両脇に設置された白く柔らかい照明。どこか化粧台のようであり、SF映画に出てくる宇宙船のようにも見えた。

目の前の大切な人が年をとったとき、変わらないものは何か

「もしも、年齢を行き来することができたら。二人の関係は、どうなるでしょうか?」

装置の中央に置かれた大型モニターから問い掛けられる。すると直後に文字は消え、向かいに座る相手の顔が映し出された。そして「タイムトラベルで会いたい○○さんの年齢を選んでください」と指示されたあとに、自らボタンを押すことで「会いたい相手」の年齢を決めることができる。

筆者は友人を一回り若返らせてみた。すると、画面上の顔はみるみる若返り、いまの自分と同じくらいに。興味深いのは、実際にその場で動いている映像に年齢の変化が重ね合わされていたことだ。それによって、モニター経由ではあるものの、若返った相手が本当に目の前にいるかのようなリアリティを感じた。

またこのとき、お互いに自分の顔は見ることができず、相手の顔だけを見られたことにも意味がある。誰しも自分の顔の変化は気になるものだが、それを知るためにはお互いに相手の感想を伝え合わなくてはいけない。そのとき、自然と「こっちはどう?」「そっちは?」などといったコミュニケーションが生じ、お互いに相手に対して親しみを感じる一幕になっているように感じられた。

こうした体験をめぐっては、S/PARKの公式サイトで体験者の様子を伝える動画が公開されている。その一部をここで紹介してみたい。

「若い娘もこうなってしまうのかと、ちょっと複雑な気持ちでした」

「年が逆転していることって普通はないので、だけど笑っていて楽しそうで幸せそうな顔だったので、嬉しいなって」

「まぁこのくらいの80歳だったらいいんじゃない?」

「見た目は変わったとしても、2人で進んでいきましょうねというテーマがあったのかなと思いました」

年をとった孫、若返った母親、お年寄りになった夫婦など、大切な人が歳を重ねた姿を見ることにはどこか切なさが付きまとう。しかし、どんな見た目になっても変わらないものがあるとすれば、それは何なのだろうか? 
BEYOND TIMEは、体験者が自然とそんな意識を抱くようになる「体験」をデザインする装置だった。

現代的な感覚における「美」を探究する

BEYOND TIMEについてもう一歩踏み込んで考える上で、資生堂が2018年に打ち出した次のコピーについても触れておきたい。

LOVE THE DIFFERENCES.  違いを愛そう。

このコピーには、ただ受け身的に多様性を認めるだけではなく、主体的に「違いを愛する」ことによって、社会をより良くしたいという資生堂のメッセージが込められている。実際にこの「デジタルタイムトラベル」の体験を通じて、年齢による「違い」を愛することを実感できた。

BEYOND TIMEは、こうした企業メッセージと、新たなビジネスチャンスを追い求めることの交錯点に位置づけられるのかもしれない。
今さら言うまでもないことだが、同社は長年にわたりコスメティックの分野で「美の本質」を追究してきた企業だ。資生堂のデザインと聞いて思い浮かべるのは、「資生堂唐草」に代表されるグラフィックやパッケージの数々。しかしSNSが一般化し、社会の隅々まで情報化が行き届いた現代において、あるいは、誰もがスマホアプリで手頃な「デザイン」を創作することができる現代において、従来のような「目を引くグラフィック」や「高級感あるパッケージ」によって美の本質を連想させることは難しくなってきている。

BEYOND TIMEを実際に体験してみて気がついたのは、「2人1組での体験システム」や「体験者同士のコミュニケーション」などの仕掛けによって、この装置が現代的な感覚における「美」を探究しようとしていること。同社の資産ともいえる、グラフィックやパッケージにおける豊かなデザインの遺産を引き継ぐUXデザインとはどのようなものなのかという問いに対する、一つの答えが垣間見られた。そうした意味で、この装置が新たなUXデザインの可能性を切り拓きつつあるようにさえ感じられた。

最後に、BEYOND TIMEが提案するコミュニケーションからはズレる話になってしまうが、より個人的な感想についても書いておきたい。

若返った顔、歳を重ねた顔、そのどちらもスマホに保存した。若いときの顔は記憶にも残っているため、それを見て特別な感慨は抱かなかったが、歳を重ねた顔を見たときに、なんとも言えない違和感を覚えた。それは「こんな風にはなりたくないな」という気持ちだった。
自身がどんな風に歳を重ね、老いていくのかについて想像する機会は普段あまりない。しかし今回の体験によって、とても具体的に「こうありたい自分」の姿を想像することができたのは個人的な収穫だった。それでは、いまからできることとは?と問い掛けるきっかけになったのである。

つまりBEYOND TIMEのデジタルタイムトラベルは、過去と未来を垣間見せるだけでなく、「こうありたい自分」へ向けて「未来を変えること」にもつながるのかもしれない。実際に自分が歳を重ねたときに、スマホに残された画像と見比べることで、どれほど理想の自分へ近づくことができたかどうか、検証できる日が来ることが楽しみになった。

BEYOND TIMEがS/PARKに設置されている期間は、2020年3月まで。気になる方はぜひ実際に体験してみてほしい。

 

資生堂グローバルイノベーションセンター(通称S/PARK)
〒220-0011 神奈川県横浜市西区高島一丁目2番11号
営業時間: 7:00〜22:00(土曜・祝日は8:00〜18:00)
日曜定休日
Tel: 045-222-1600
https://spark.shiseido.co.jp/

 

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