情報過多の世界で本質を届ける戸田デザイン研究室|子どもたちを取り巻くデザインvol.4

Mar 05,2021report

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Mar05,2021

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情報過多の世界で本質を届ける戸田デザイン研究室 |子どもたちを取り巻くデザインvol.4

文:
TD編集部 青柳 真紗美

子どもと過ごす生活の中で初めて知ったデザイン事務所がある。「戸田デザイン研究室」。『あいうえおえほん』や『国旗のえほん』、『リングカード』『あいうえおつみき』などをはじめとする数々の作品は、故・とだこうしろう氏(1931-2011)とその次男の戸田やすし氏によって生み出されてきた。
代表作としては書籍が並ぶが出版社ではなく、あくまでもデザイン事務所だという。「デザイン」を通じ、子どもたちに届けたいものは何なのか。戸田やすし氏を訪ね、東京・文京区の事務所で話を聞いた。

前回の記事
vol.3 障がい児入所施設「まごころ学園」にみる居場所のデザイン

『あいうえおえほん』や『国旗のえほん』を生み出したデザイン事務所

子どもたちを取り巻くデザイン。このテーマにぴったりのデザイン事務所がある。
戸田デザイン研究室は、1982年にデザイナーの故・とだこうしろう氏によって設立された。その後、次男の戸田やすし氏が参画し、30年以上、ものづくりを手がけてきた。

様々なデザインの仕事を経たデザイナーの故・とだこうしろう氏は、1982年に『あいうえおえほん』を出版。これまでに80万人を超える子どもたちに読み継がれてきたこの絵本は、2019年にグッドデザイン賞も受賞している。
他にも戸田デザイン研究室からは数々の絵本や玩具が生み出された。それぞれの作品を「プロダクト」と呼び、コンセプトから流通・販売に至るまで、独自のアプローチでものをつくり、販売している。

戸田やすし氏は、故・とだこうしろう氏の感性を受け継ぎながら、自らの視点を大切にものづくりと向き合ってきた。1987年には『国旗のえほん』を企画・編集。2012年には読者の声を受けて全ての国旗を1ページに1つずつ配した『完全版・国旗のえほん』も刊行した。『あいうえおえほん』から生まれた文字積み木は自ら木工所を探し求め、サイズや印刷などの規格をゼロから検討した。老若男女問わず多くのファンを持つ。

国旗のデザインを楽しむ『国旗のえほん』(上)、こだわりがつまった『あいうえおつみき』(下)(提供:戸田デザイン研究室)

そんな戸田氏に、「子どもたちを取り巻くデザイン」について聞いてきた。

情報はできるだけ単純に、デザインはシンプルに

やすしさんは、昔からデザイナー志望だったんですか。

戸田やすし氏(以下:戸田):全然そんなことはなかったんです。大学でも社会学の勉強をしていました。美術系の大学や専門学校に通っていた、ということもなく。
父は僕が幼い頃から家で仕事をしていたので、その仕事を背中越しにずっと見ていたんです。
子どもの頃から小中高と、美術は好きだし得意だったけど、生半可な気持ちでデザインの仕事はできないなと思っていました。すごく考えていないとその道には進めないなと。それで、あえて普通の大学に進学したというのもあります。

でも、大学を卒業した後に小さな出版社に入ることになって。結局そこからデザインの仕事をすることになり、1990年に父が続けていた戸田デザイン研究室を法人化し、今に至ります。

戸田デザイン研究室としてやすしさんが大切にしてきたことは、なんでしょう。

戸田:第一に、自分たちが欲しいものを作る。第二に、丁寧に作る。
その上で、僕は「デザインをきっかけとして子どもの好奇心の扉を開き、未来の希望を届けられるようにしたい」と考えてものづくりをしています。
心がけているのは、情報はできるだけ単純に、デザインもできるだけシンプルにすること。いろんな見方ができるような「もの」や本。そんなコンセプトで作っています。

たしかにやすしさんが手がけられた作品にはそのコンセプトを強く感じます。『あいうえおつみき』では美しい色彩のイラストとひらがな、『国旗のえほん』では1ページに1つ大きく国旗が配置されていますね。

戸田:子どもたちに対して、周囲の大人はどうしても「知識をたくさん身につけて欲しい」「いろいろなことをできるようになってほしい」と思ってしまいますよね。どうしても情報過多になる。
いろんなことが詰め込まれていくコミュニケーションがそこにはあって、世の中にあふれている「子ども向け」の商品の多くは、そういうニーズに応えるように作られている。
うちでつくるものはそうではないんです。

できるだけシンプルに、できるだけ情報量を減らして。できるだけ美しく綺麗に、楽しく。いつも最大限に、そこを大切にしてきました。

今の時代に情報量を減らすって、怖くないですか。

戸田:そうですよね。それはいつもすごく大変な作業で。削っていくって、加えていくよりもっと大変な作業です。そこを思い切ってできるのがうちかな、とも思います。小さな組織なので、「こうする」と決めたらそのままいけるのが強みですね。

余白を残したものづくりと、本質を削り出していく作業

情報量を減らすことで、得られるものはなんでしょう。

余白が生まれる。そうすると、いろんな見方ができるものをつくれる。これが大きいと思います。

たとえば、とだこうしろうが手がけた『あいうえおえほん』。
この絵本は「ひらがなの美しさ」を伝えるためにつくられました。使ったひらがなは、すべて戸田デザイン研究室のオリジナル書体。50音を一文字ずつ丹念にデザインして完成させました。この本のために作った文字だからこそ表現できたあたたかみや気づきがあると思います。フォントだけでなく、極限まで線を削ぎ落とした絵と、23.5×23.5cm の正方形の判型にもこだわりがつまっています。

ひらがなの本、と聞くと、大人からすれば「読み書きできるようになること」を考えてしまうかもしれません。でもこの本の目的はそこではないんです。美しさを伝えたいというコンセプトはあるけれど、「形が面白い」と思ってもいいし、絵だけを見てもいいし、絵の配色に驚いてもいい。
ひらがなの「ふ」なんて、よく見ると変なかたちですよね。「なんだこれ?」って見つめるだけでもいい。

2019年度グッドデザイン賞を受賞した『あいうえおえほん』。他者推薦枠でノミネートされ、1982年の刊行から37年後に受賞するという、珍しい展開だった。
(提供:戸田デザイン研究室)
あいうえおつみき』はコンセプトからやすしさんが全て手がけられたと伺いました。

戸田:『あいうえおつみき』を作ったきっかけは、僕が欲しいと思える文字積み木がなかったことです。いろいろと見たんですが、積み木の中にカタカナやABC、書き順まで書いてあったりして……。一個の中の情報量がすごく多いんですよね。
そういうのじゃなくて、もっとひらがなの形が綺麗だなって思えるもの、絵が楽しいなって思えるもの。それだけでよくて。
あとは大きさです。他の積み木を見た時に「こんなに大きくなくていいのに」とも思ったんです。一般的な積み木のサイズは6cm角であることが多いんですが、子どもの掌のサイズにはそれだとちょっと大きいな、と。なんでこの大きさなんだろう? という疑問からスタートしました。

5cm角の『あいうえおつみき』(提供:戸田デザイン研究室)

調べていくと、一般に流通している文字積み木は製造の制約をかなり受けているということがわかりました。6cm角という大きさは、ほぼ「規格」とも言えるものでした。僕が考えたのは一回り小さい5cm角でしたが、他の大きさで作ろうとするとコストが一気に上がってしまう。
積み木を加工してくれる木工所を探し当てて、職人さんにこのことを伝えたら「それだと機械をゼロから調整し直さないといけなくなる。大変なことになるよ」と言われました。

材料に関しても同じです。一般に流通している文字積み木は(プリントするために)白い方が都合がよく、トチを使うことが多いということがわかったんですが、それもなんだか、どうしてなんだろうって。
だって木にプリントするんですよね? なのに白さを求めるってどうなんだろう、と。木目が綺麗なものにプリントした方が木らしくていいじゃないですか。

職人さんに「木目が一番綺麗な木ってなんですか?」と聞いたら「そりゃブナだろう」と教えてもらいました。でも「積み木にするにはブナは固すぎるし、白くもないからダメだ」とも言われました。
僕は、「固い」のも「白くない」のもどちらも積み木にはもってこいな気がしたんですが、加工が大変なんだそうです。

最初はみなさん、及び腰でしたね。でも、彼らには「どれだけ時間がかかってもいい。コストも気にしなくていい」と言いました。「みなさんが持つ技術を全部出してください」と。
そのとき、職人さんたちの目の色が変わったのを感じました。これは面白い仕事になるぞ! と思ってもらえたんでしょうね。加工だけでなく、色の再現などもどんどん提案を出してくれるようになって。通常、積み木のシルク印刷だと6色くらいが基本なんですが、最終的に13色、13版使っています。職人さんたちからは「そんなにつかっていいの?」と驚かれましたが、納得がいくものを作れたと思います。

『あいうえおえほん』と『あいうえおつみき』(提供:戸田デザイン研究室)

職人さんたちは今まで、「できるだけ早く、できるだけ安く」を求められてメーカーと仕事をしてきたのだと思います。それでも海外の工場に仕事を持って行かれたりして。でも、彼らはものすごい技術力を持っているんですよ。彼らは、今、医療メーカーの精密機器のお仕事などもしています。

これ、9000円ですよね。なんだかとても安く感じてしまいます。

戸田:9000円と消費税。製造元の工場とうちの2社しか関わっていないので、変な経費がかかっていないんです。産地直売みたいな感覚ですね(笑)。

出版社ではなく「デザイン研究室」

たくさんの絵本を手がけているのに「出版社」ではなく「デザイン研究室」と掲げている。そこが面白いなと思いました。

戸田:僕もね、よくわかんないです(笑)。出版社だとはあんまり思っていない、というのは確かかな。
父と始めたときは、本だけ作っていた時期もありました。取次さんを通して出来上がった本を流通させていくと、出版社としてのていをなしていくわけですが、出版社を作ろうと思ったわけではないのです。

作ろうと思ったものが絵本だったのでこの形になっているだけで……最近はつくるものも幅が広がっているので余計になんだかわからなくなっていますね(笑)。出版社のような、出版社ではないような。そういう風に感じていただけたなら狙い通りです。

でも、本に関して言えば、やっぱりつくり方が絵本作家のそれとは違うと思います。「デザイナーとしてありたい」というのも違う気がするんですが。ただ、デザインの力で手にとった人が楽しくなるようなことをしたい。心が踊るデザインを届けたい、と思っています。本もプロダクトもそうしていきたい。

インタビューに答える戸田やすし氏(筆者撮影)
製品の制作プロセスについて教えてください。

戸田:新しいものづくりを手がける際には、「作りたい」という想いから出発することが多いですね。具体的には、『あいうえおつみき』のように「欲しいけどなかった」という時に着想を得ることが多いです。それを本当にうちでつくるべきか? 他にないの? という視点で他の商品も調べます。
それでもやろうとなったら、具体的な制作に入ります。(父が亡くなった今は)僕がデザインを担当する、シンプルな流れです。

例えばこのリングカードは、父と一緒に手がけました。もともと、あいうえおえほんの読者の方々から「カードがあるといいな」という声をいただいていたんです。それで調べてみたら、一般的には単語のカードといえば100%「お勉強」のためもの。そういうのは欲しいとも作りたいとも思わなかった。

読者の声から生まれた『リングカード』(提供:戸田デザイン研究室)

でも、あるとき制作の合間に、乱丁本を切ってダンボールに貼ってみたんです。
それを当時3歳だった息子に渡してみた。そしたら、一面に散らばして、遊ぶ、遊ぶ(笑)。楽しそうだな、絵本とは全然違う魅力があるなと。それで、一回ちゃんと考えよう、と思ったのが制作のきっかけですね。

当時父と話したのは、まず「形」が重要だよねと。四角いカードって、制作上の効率はいいけどちょっとなぁ……と思っていました。一方、丸みのある形だと無駄が多いんです。金型作りから始めなければいけないから作るのも大変だし。
でも、いくつか試した中で、今の形が一番良かった。あれはパソコンで綺麗な円を描いたものではないんです。父がフリーハンドで描いた線をそのまま金型に起こしたものを使ってるんです。

とだこうしろう氏のフリーハンドでデザインされたリングカードの金型(提供:戸田デザイン研究室)
フリーハンドなんですか!

戸田:そうなんです。だから左右対称でもないし、あんまり正確じゃないんです、どの線も。それが全体の「なんかあったかいかんじ」や「なんか有機的な温度のあるかんじ」につながったのかなと思っています。そんなふうに少しずつ進めながら製品化していくかんじですね。

「きっかけ」になるもの

やはり、ものづくりの対象は子どもたちなのでしょうか。

戸田:基本的には、大人も子どもも関係なく、デザインでいろんな人の人生が豊かになるきっかけをつくれたらと思っています。これが楽しい、綺麗、かわいい、という感覚に大人も子どもも違いはないだろうなと。

人生が豊かになるきっかけ、ですか。

戸田:そう。先日、お世話になっている銀行の担当さんがぽろっと「ぼく、これで育ったんですよ」と、『国旗のえほん』を指してお話ししてくださったんです。あれは嬉しかったな。彼はそれで海外志向になって、今度シンガポール支店に異動することが決まったんですって。

国旗のデザインを楽しむ『国旗のえほん』(提供:戸田デザイン研究室)

子どもたちに向けた商品は、どうしても「答え」を提供するものが多い。買う方がそれを求めているので、それも問題だと思うんですけどね。
正解はひとつじゃない。学校の勉強で良い点を取ろうが何をしようが、二十歳を過ぎるころには働くことになって、そこから先の人生、長いじゃないですか。そこでいろんな困ったことが起きるけど、結局それを突破していけるかが重要だと思っています。

知識は重要ですが、たくさん蓄えることが役に立つわけではない。情報の「量」ではなく、子どもたちが好奇心を持つきっかけ、とっかかり、ざらっとした感触……、何かを残せたらいいなと思っています。大人になって、乗り越えるものや立ち向かうものと出会った時にそれが力になると思っています。

きっかけを生み出すものづくりですね。

戸田:ものごとにはいろんなアプローチの仕方があります。僕たちがつくったものたちが、一般に流通している「子ども向けのもの」では開けられない、違う入り口も開けてあげる、といった役割ができたら嬉しいなと思います。
例えば『とけいのえほん』もそう。一般的な幼児向けの「時計の本」は、時計を読めるようになることを目的として作られています。くるくる、針を回すやつとかばっかり(笑)。時計なんてね、結局は読めるようになりますから。
でもうちで作った時計の絵本はそうじゃない。時間の「概念」にアプローチしたものです。たとえば、ごご5じってどんなイメージ? とか。夕日が沈みかけて、影が長く伸びて……。時計に対するアプローチの方向が違うんです。

時間の概念を伝える『とけいのえほん』(提供:戸田デザイン研究室)

逆に「少し難しいかな」と思うようなこともあえて載せているものもあります。例えば前述の国旗のえほんもそう。国旗の意味を調べていくと、多くの国の血生臭い、戦いの歴史が透けて見えてくる。色に対する捉え方も様々です。同じ赤でも、日本の日の丸は太陽を表しますが「血の色」を表した国旗もたくさんあります。
読んだ子どもたちが、今理解できなかったとしても良いと思っています。新たなアプローチ、入り口になれば、と。

だから「何才向け」という表現もできるだけ使いたくないし意識したこともありません。書店からは、書いてくださいと言われるんですけどね。
買う人にとってみれば、参考にしたいというニーズもあると思うので、一応カタログには書いていますが……。目安にはなると思うけど、目安に過ぎない。それで小さな抵抗として「何才くらいから」としています(笑)。

世の中に、難しい本はたくさんあって、情報を得られるものもたくさんあるけれど、きっかけを生み出せるものはあんまりない。僕たちの本を通じて、世界に興味をもったり、昆虫や英語を好きになったり。そういう風なお手伝いができたら、一番嬉しいことですね。

ありがとうございました。

取材後記

筆者がとだこうしろうさんの絵本と出会ったのは、おそらく2才か3才の頃だったと思う。「和英えほん」が私にとって初めての英語との出会いだった。
当時、中学校で英語を教えていた母が私に選んだのがこの本だった。そのエピソードを話すと戸田氏は「それはだいぶ、尖っている先生ですね」と笑った。
はっきりとした色彩と力強い線。シンプルだが、考え抜かれた装丁。自分が親になり、この絵本と約30年ぶりに再会したときにはまさに心が躍った。

やすし氏が受け継いだ、とだこうしろうさんのエッセンス。そしてなにより、やすし氏の本質的なものを削り出すデザインへの向き合い方には、職人的な矜持さえ覚えた。
情報をデザインとして扱い、削ぎ落としていく過程の中で、子どもたちに渡していきたい大切なものが見えてくる。そのことを改めて感じた取材だった。

 

戸田やすし(とだ・やすし)

戸田デザイン研究室 代表。父は絵本作家・とだこうしろう。絵本、木工品などの企画・編集・デザインを行う。 展示会などのブース作りから販促物まで、戸田デザイン研究室の制作物すべてを手がける。 クールな装丁と大胆な編集が話題を呼んだ『完全版・国旗のえほん』、 美しさにこだわり木工職人と作った『あいうえおつみき』など、デザインを主軸に子どもや出版のジャンルを超えたユニークなモノ作りを行なっている。

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