障がい児入所施設「まごころ学園」にみる居場所のデザイン:前編|子どもたちを取り巻くデザインvol.3

Dec 25,2020report

#Magokoro

Dec25,2020

report

障がい児入所施設「まごころ学園」にみる居場所のデザイン:前編 |子どもたちを取り巻くデザインvol.3

文:
TD編集部 青柳 真紗美

子どもたちを取り巻くデザイン、第三弾。今回はキッズデザイン賞2020の最優秀賞を受賞した「まごころ学園」の空間デザインを前後編で考察する。前編では、施設の概要とポイントを、学園長の金安良則氏のコメントとともにお伝えする。

TOP写真 撮影:山下秀之

ここは子どもたちの「家」

開放的な玄関。足を踏み入れた瞬間にひろがる木の匂い。高い天井は、閉塞感をまったく感じさせない。
――まごころ学園を訪れた際に筆者が抱いた印象だ。以前の施設では、受付と玄関が別々の場所にあったそうだ。今は職員も子どもたちも来訪者も同じ玄関を使い、職員室がすぐわきにある。「ただいま」と「おかえり」を言える距離にしたかったのだという。

靴を脱いで上がると、正面には子ども達の作品が飾られたギャラリーが。筆者を出迎えた学園長の金安良則氏は、一つ一つの作者を嬉しそうに説明してくれた。

視察にきた人々はみな、これを目にして驚くという。
「こんなことをして、子どもたちは(作品を)壊しませんか」
「管理が大変ではありませんか」と。

金安氏は、そうしたいたずらはゼロではないが、そのことに目を向けなければいいだけ、と笑う。好きなようにさせておけば、いずれなくなるというのだ。

玄関正面のギャラリー
玄関正面のギャラリー(撮影:金子斗夢)

「家の玄関には何か飾りたくなるでしょう。だから、ここにもこういうスペースを作りたかった。作品を並べてみたら、子どもたちは、自分の展示スペースだと誇らしそうにしています。退所した子どもたちが『これ飾って!』と新しい作品を持ってきてくれたり、『ちょっと直してまた持ってくる』と補修のために持ちかえったりすることもあるんですよ」(金安氏)

収容する「施設」ではなく子どもたちの「家」を

金安氏が新施設建設に向けて動き出したのは2014年のこと。2012年の児童福祉法改正により、施設に入所している18歳以上の「過齢児」の受け皿としての施設を整備する必要性が生まれたのがきっかけだった。
一方、当時のまごころ学園は「過齢児に占有された児童施設」とも揶揄されるほどの状態。彼らの受け皿を整備しつつ、18歳未満の子どもたちにとってもできる限り良好な環境をつくる必要があった。

「新しい施設を作ろうと考えたとき、それまでに感じていた(旧施設への)満たされない想いを解消できる建物にしたいと思ったんです。1983年に竣工されたかつての建物には、たくさんの課題がありました。居室は狭く、プライバシーが確保されていない。クールダウンが必要な子どもたちは部屋の隅っこにいるしかなかった。お子さんを連れていらした親御さんが、部屋を見て『ここに入所させるのはかわいそう』と帰ってしまうこともありました。重くて硬い扉は旧態依然の収容施設そのものだった。
でも、ここはそのような場所ではない。子どもたちの『家』となる場所です。
障がい児施設だからこそ、デザインの力が必要でした。障がい児施設だからこそ、一番で一流の建物にしたかった」(金安氏)

ここで暮らす子どもたちは、コミュニケーションや対人関係、社会性などに困難性をもつ。極端に感覚が鈍かったり、過敏だったりすることもある。昨今では児童虐待や育児放棄により親元を離れて生活する子たちの入所も増えた。そうした障がいの特性や、子どもたちの心に配慮した居場所を作りたかった。
金安氏は熱い想いを胸に抱いていたが、多くの人は既存の「施設」のイメージから離れることに難色を示した。そんなときに出会ったのが、後に同学園の建築設計を手がけることとなる山下秀之氏だった。

山下氏は、地元・長岡造形大学で1999年から環境建築デザインを教え、多数の教え子を輩出している。2004年の中越地震をきっかけに東京から長岡に移り住んだ。災害の傷跡を癒し、地域の交流を生み出し、次世代を育むための様々な建築物を自身の研究室の学生たちとともに作り上げてきた。その受賞歴も枚挙にいとまがない。

「山下先生は、長岡市の子育て支援施設「てくてく」をはじめ、県内の子ども向け施設をいくつも手がけられた方。プロジェクトが動き出したときに、少しでもアドバイスをもらえたらと思って無理を承知で連絡したところ、プロポーザルにも参加したいという言葉をいただいて。有識者や家族代表からなる審査会で最優秀提案者として選定されました。
最終的には管理者である久住市長が(山下案の)選定の可否を判断してくださったわけですが、先生との出会いがなければ絶対にこの場所は完成しませんでした」(金安氏)

子どもと触れあう金安氏
子どもたちと触れ合う金安氏(筆者撮影)

金安氏は「山下先生は障がい者施設についての知識をお持ちでない方。だからこそ、既存の施設の座標軸とは全く違う視点から建物そのものを深く考えることができたのでは。私自身も学びと発見の連続だった」と振り返った。

施設のなかへ足を進める。そこにあったのは、障がい特性のある子どもたちをそのまま受け止める、あたたかな「居場所」だった。キーワードは「ギザギザ」と「ぐるぐる」だ。

ギザギザが生み出す「個」と「つながり」

まずは「ギザギザ」から見てみよう。

まごころ学園には全部で36の居室があり、18歳以下の子どもたちとそれ以上の過齢児でエリアが分かれている。
一人に一つずつ与えられた6畳ほどの居室は、廊下に面して一列ではなく、少しずつずらしがらギザギザに配置されている(建築用語で「雁行」というらしい。たしかに鳥が綺麗に列をなして飛んでいるようにも見える)。

ブロックによるまごころ学園の模型。
写真左側と手前側の三角屋根の部分が居室棟(資料提供:山下秀之)

結果的に、各居室の入り口には隣室から独立した空間が生まれ、ちょっとしたプライベートスペースが確保されていた。
中をそっと見せてもらうと、彼らの笑い声や息遣いが聞こえてくるかのような錯覚を覚えた。大好きなキャラクターや、自分でつくった作品、家族との写真。窓の外には緑が見える。

この居住棟には、子どもたちが自分の居場所だと感じられる配慮がいたるところにあふれていた。例えば13色の鮮やかな「いろ壁」。入居時に一人ひとりが選んだという、表札がわりの「へや印」
光に過敏な子への配慮として、あえて「北向きの窓しかない部屋」もある。日当たりは良いに越したことはない、と思い込んでいた筆者には全くなかった視点だ。

「雁行」づくりの居室
「雁行」づくりの居室(撮影:山下秀之)

「このギザギザは職員には不評ですよ、掃除がしにくいですからね。でも、これがあることで生まれた恩恵は多いんです」(金安氏)

いわゆる一望監視型の何もないまっすぐな廊下と比較すると、ギザギザがあることで、子どもたちは自然とゆっくり移動するようになる。衝動的に走ってしまう子も、スピードを落とすのだという。視覚的にも変化が生まれ、筆者も歩きながら、小さな街並みを目にしているような楽しささえ感じた。

食堂を長方形の空間にしなかった理由

もう一つの象徴的なギザギザは、食堂だ。クランク型で半個室のように仕切られており、テーブルごとに独立性のある空間が生まれている。この食堂が目指したのは「ウチごはんの部屋」だという。

半個室のような空間が生まれている(筆者撮影)

当初、山下氏は食堂を一般的な長方形に考えていた。しかし、金安氏は設計の途中で「これは違う」と。再検討により、食堂を分節して居室と同様にずらし、袖壁を設けることで家のリビングのような大きさと雰囲気を生み出した。

まごころ学園は子どもたちにとっての「家」。安心してお腹いっぱい食べることができる食事の時間は、情緒形成に関わる大切なものだ。
金安氏は「このほんの少しの壁が、人と人との関係性をゆるやかにつなげたり離したりしてくれている」という。天井は三角屋根の「家形」に。窓も中央に配置するのではなく、わざとずらした。日当たりや景色などが均一にならないため、自分にとって心地よい席を子どもたちが自ら選べるのだ。

食事の時間を重視し、子どもたちに寄り添う姿勢は調理室の配置からも見て取れる。少し離れた場所に調理室を設けることで、調理室から食堂までの通路空間もすべて食事のためのスペースとして活用できるようになった。

「施設運営上『食堂』と名前をつけていますけど、他の人の視線が気になる子はここで食事ができなくたっていいんです。光庭を挟んだ調理室のすぐ脇の空間にもテーブルと椅子が設けられています。ここで食べてもいいし、ほかの場所が落ち着くならそこでも良い。落ち着ける環境を自分で決められるということが大事なんです」(金安氏)

自然と動き出したくなる、うずまき型の「スヌーズレン」

もう一つのキーワードが「ぐるぐる」だ。
これを説明する上で外せないのが共用棟のプレイホールである。多くの施設では利用者の運動スペースとして体育館のような何もない空間が用意されることが多いが、ここでは部屋の奥に大木の幹のような建築物がそびえ立つ。
入ってみるとうずまきのような構造をしていて、周囲を積み木のような、踏み台のような木箱がぐるっと取り囲んでいる。これが、まごころ学園を象徴する「スヌーズレン」だ。

まごころ学園の象徴「スヌーズレン」
まごころ学園の象徴「スヌーズレン」(撮影:山下秀之)

スヌーズレンとはオランダ語の障がいを持つ人との関わりあいの理念を表現する言葉である。「クンクン匂いを嗅ぐ(スヌッフレン)」と「うとうとする(ドゥースレン)」という言葉を合わせた造語だ。
この理念を体現した空間が、ヨーロッパを中心に世界中で生み出されている。重い障がいをもつ人たちでも楽しめるような、光、音、におい、振動、温度、触覚の素材などを組み合わせた「感覚を重視した空間」。こうした施設は日本にもいくつかあり、金安氏はスヌーズレンを新しいまごころ学園にも作りたいと考えた。

国内におけるスヌーズレンの事例では「暗い部屋にミラーボールやバブルチューブ、ウォーターベッドなどを置き、音楽や香りなども用いて感覚を刺激する」といったアプローチが多い。しかし金安氏は少し違う解釈をした。装置に頼ることなく、空間を工夫することによって感覚への共感を促進する、という結論を出したのである。

中に入ると、まるで森林浴でもしているかのような心地よい木の匂いに包まれた。通常は加工して使う構造材を一部にそのまま使うことで、すべすべした部分とザラザラした部分が生まれている。

スヌーズレン内部での読み聞かせ
スヌーズレン内部での絵本の読み聞かせ(撮影:山下秀之)

設計した山下氏は、このスヌーズレンを「サンゴ礁」に喩えている。生命はヒダ状の空間に集まるという狙いどおりに、子どもたちのみならず職員や他の来訪者たちまで引きつけるエネルギーが、そこには確かに存在していた。

この効果は内部だけではない。スヌーズレンが大きなモニュメントのように配置されたことで、四角いプレイホールに「円環構造(ぐるぐる)」が生まれたのだ。

うずまき型のスヌーズレンと、それを中心とした円環構造。2つが組み合わさってプレイホールは「子どもたちの活動を誘発する場」に変身した。
筆者が訪れた際にも、スヌーズレンの周りをずっと走っている子がいた。ほかにも、大きく空いた四角い窓から出たり入ったりしている子、隙間や中央部に潜り込んでじっと佇む子など、思い思いの過ごし方をしている。通所の未就学の子どもたちに向けた療育プログラムの場でもこのスヌーズレンは様々な効果を生んでいるという。

「以前は『遊びましょう』『走りましょう』と職員が声がけをしていたんです。でも今はほとんど必要ない。みんな自分から遊び始めますから。スヌーズレンの周りを何分も走っている子もいるくらいです。『動』だけでなく『静』の活動も生まれます。みんなと一緒で疲れてしまったら、少しの間『逃避』してみたり。窓や天井など、ぼーっとどこかを見つめてみたり」(金安氏)

「いくらでも歩いていいよ」と言える円環構造

「ぐるぐる」は、施設全体の設計にも反映された。まごころ学園は上から見ると、二つの「Tの字」を組み合わせてつくった居住棟と、共有棟が正方形に組み合わさってできている。Tの縦線の部分が居室棟と共有棟をつなぐ廊下になっていて、中庭を中心として施設内を文字通りぐるぐると歩き回れる。

スヌーズレンの周囲、光庭の周囲、中庭を中心とした居室棟と共有棟の構造。
大小の「ぐるぐる」が3つある
(資料提供:山下秀之 ※編集部にて赤線部分を加筆)

以前のまごころ学園ではエリアごとに扉が設置されていたという。利用時間が終わるとその扉は閉められ、施錠される。「閉じ込められた」と感じた子も少なくなかっただろう。

「施設全体が円環構造になったことで、子どもたちの行動制限を最小限にできました。就寝時間や食事の時間などには呼びかけますが、自由時間に入れるエリアは基本的に制限していません。好きなだけ歩き回っていいよ、と言える。走っていても止めない。地続きの平屋づくりだから複数の目で見守れ、どこまでいっても、ぐるっと回って戻ってくる。禁止事項が減ったことで、職員の負担も減ったと思います」(金安氏)

様々な事情を抱えてまごころ学園にやってくる子どもたち。「入所後、最初の2ヶ月は大変です」と金安氏は語る。繰り返される器物破損や他害行為と、職員たちは体当たりで向き合っていくという。

「子どもたちの目標は、ここを出て自立して暮らすことです。社会と関わり合いながら、孤立せずに主体的に生活していけるようになることを目指しています。
ここで過ごしているのは、特性上、集団の中で生きていくコツを覚えていく必要がある子どもたち。困った時には相談するとか、イライラしてしまったら『一人になりたい』と言うとかね。
職員や周りの人と関係を構築しながら『こうすれば伝わるんだ』という実感が持てると、頼ることができるようになり、笑顔が見られるようになってきます。関係性を作れなければ、いわばジャングルに放置されたような状態なんです。周囲はみんな敵に見えている。まずは信頼関係を築いて、そこから療育が始まるんです」(金安氏)

禁止ではなく、承認し、受け入れることで関係を構築していく。空間が変わることで、運用もここまで変わるのかと驚かされた。

後編では金安氏と設計を手がけた山下氏の対談をお届けする。

 

※次回「障がい児入所施設『まごころ学園』にみる居場所のデザイン(後編)」は2021年1月8日(金)公開予定です。

 

この記事を読んだ方にオススメ