KUA ANNUALに見る美大展への問題提起とこれからの美大教育京都芸術大学の現在 vol.4

Feb 16,2022interview

#KUA

Feb16,2022

interview

KUA ANNUALに見る美大展への問題提起とこれからの美大教育 京都芸術大学の現在 vol.4

文:
TD編集部 藤生 新

「美大教育の最前線」に迫るべく、京都芸術大学をめぐる人々へのインタビューを連載でお届けしてきた。今回は、京都芸術大学の「ウルトラファクトリー」でディレクターを務めるヤノベケンジ氏、学生選抜展「KUA ANNUAL」のキュレーター服部浩之氏、同展アシスタント・キュレーターの学生2人に話を伺った。

「KUA ANNUAL2022 プレビュー展」展示風景 撮影:顧剣亨

以前の記事
vol.3 「京都100年かるた」に見る、京都でデザインを学ぶ意義

当連載のきっかけとなった学生選抜展「KUAD ANNUAL」

本インタビューシリーズのきっかけは、2020年春に公開した、京都芸術大学による学生選抜展「KUAD ANNUAL(現・KUA ANNUAL)」のレポート(前編後編)だった。同展は、美大の卒展シーズンに合わせて東京都美術館で開催されたもので、とくにその会期が五美大展と重なっていることから、両展を比較する声が多く挙がることになった。

京都の美大による東京の美大への挑戦状──そんな風に受け取りたくもなる一方で、いざ展示会場を覗いてみれば、有料の企画展にも引けを取らない空間が展開しており、通常の卒展とは一線を画するものだった。果たして、どのような経緯で展覧会が実現したのだろうか? その背景にある問題意識とは? そうした問いから、京都芸術大学への一連の取材が始まった。

そして本シリーズ最後のインタビューとして、KUA ANNUALを学内で支えるヤノベケンジ氏と、2020年度から同展キュレーターを務める服部浩之氏、そしてアシスタント・キュレーターの学生2名へのインタビューを実施した。
京都芸術大学の取り組みから見えてくる美大教育の最前線はいかなるものなのか。教育現場からのリアルな声をお届けする。

ウルトラファクトリーから派生した実験の数々

ウルトラファクトリー外観(上)内部(下) 撮影:顧剣亨
KUA ANNUALの背景にある狙いは何なのでしょうか?

ヤノベケンジ氏(以下敬称略):五美大展をはじめ、ほとんどの卒展では学生の作品が学科別に整然と並べられています。でも、それはキュレーションされた展示ではないので、全体で見ると見本市のようで、空間の質はあまり高くない。そこで、卒展シーズンに東京でキュレーションの効いた学生選抜展を開催することで、卒展の常識を覆したいという狙いのもとでKUA ANNUALを始めました。

今年で5回目の開催となりますが、これまでの経緯を教えてください。

ヤノベ実はKUA ANNUALには前身企画があるんです。それを説明するために、まずは順を追って2008年のウルトラファクトリー設立からお話しさせてください。

そもそもウルトラファクトリーは、京都芸術大学内にある全学生向けの共通工房で、専門の技術スタッフが常駐して学生に技術支援を行っています。
ぼくは元々アーティストとして活動していましたが、村上隆さんが『芸術起業論』(幻冬舎、2006年)で「文化人の最終地点が大学教授でしかないなら、若者に夢を語ってもしかたがありません」(p.30)と批判していたように、ぼくもアーティストが大学教授になることには懐疑的でした。

そんな折に本学からオファーがあったので、断ろうかなと思いつつ(すでに京都芸術大学で働いていた)アーティスト仲間の椿昇さん(「京都芸術大学の現在 vol.1」参照)に相談したところ、「これから新しい共通工房を作るから、そこのディレクターになってほしい」と逆に誘われてしまいました。

ヤノベケンジ氏 撮影:筆者

そのころ、ぼくはアーティスト・イン・レジデンスをしながら全国各地のプロジェクトに携わっていました。取手アートプロジェクト2006や、金沢21世紀美術館の設立プロジェクトなどです。そうしたプロジェクトに実務的に関わっていた人々の中から、アーティストやコーディネーターなど、いろいろなプレイヤーが巣立っていくのを見て面白いなと思っていた矢先でもありました。

それならば、美大の中にプロジェクトを実践するファクトリーを作れたら面白いのではないかと。こうした考えのもと、京都芸術大学とウルトラファクトリーに関わり始め、「ULTRA PROJECT」(以下、UP)という実践型教育プログラムを開始しました。

UPは、第一線で活躍するプレイヤーを学内外から集めて、学生たちがプロジェクトを共同制作することでプロの育成を目指すプログラムです。ぼくのほかにも、名和晃平さん、やなぎみわさん、明和電機さん、増田セバスチャンさん、ビートたけしさんなどがこれまでにプロジェクトを主宰してきました。

ウルトラファクトリー 撮影:表恒匡

2010年には「ULTRA AWARD」(以下、UA)というコンペも始めました。UAは、在学生と卒業生を対象に、国内外で活躍するキュレーター、批評家、アーティストたちによるチームが審査を行い、選抜されたクリエイターがファクトリーで数ヶ月の滞在制作を実施し、最終的には展覧会と審査会を行うというプログラムです。クリエイターを世に送り出すための出口づくりですね。

UAは2017年まで実施し、実際にここから多くのアーティストが世の中で活躍するようになりました。そして2018年に、UAを発展させる形でKUAD ANNUAL(現・KUA ANNUAL)がスタートしたんです。

美大展への問題提起

ヤノベUAとKUA ANNUALの違いは、キュレーションの有無です。KUA ANNUALの基本構造は、第一線で活躍するキュレーターの展覧会に学生自らがエントリーし、審査を経て参加するというもの。初年度は、森美術館の現館長・片岡真実さんにキュレーターを務めていただきました。

KUA ANNUALの狙いは、冒頭でもお話ししたように、現行の美大展に対する問題提起です。従来の美大展の慣例は、キュレーションのない見本市的なもの。そこに対して、メッセージ性のあるキュラトリアルな空間を作ることで、これまでの常識を変えていこうと。その実践を東京で見せることで、みんなが「美大教育とは何か?」「展覧会とは何か?」と考えるようになればいいなと思っています。

「KUAD ANNUAL2018 シュレディンガーの猫」会場風景 撮影:表恒匡

繰り返せば、こうした実験ができるのは、ベースにウルトラファクトリーという工房があるからです。それぞれのプロジェクトがバラバラにあるのではなく、ウルトラファクトリーという実践型の工房に軸足があるからこそ、いろいろな実験が展開できています。

緊張感を変換する教育システム

KUA ANNUALを運営する上で特に意識されていることはありますか?

ヤノベ:他のプロジェクトでも同じですが、緊張感を保ち続けることでしょうか。例えばUPでは先生同士のバトルがあり、それが適度な緊張感をうみだしています。
春にプロジェクトの説明会が実施され、主宰する先生が学生の前にずらっと並んで一人5分ずつのプレゼンを行います。やなぎさんや名和さんなど、名だたるアーティストたちが競い合うように「いかに自分の活動が素晴らしいか」を全力でアピールする。それって、作家同士が展覧会でいかに自作が素晴らしいかを競い合うのと同じなんですね。教える側がそういう緊張感の中にあるから、作る側の学生にもそれが伝わるんです。

講評会の様子
写真提供:京都芸術大学

椿さんとは仲が良いのでバカな話もするけど、お互い現役の作家でもあるので、外では結果を出し続けなければいけない。もしぼくがしょうもない作品を作り始めたら、椿さんは相手をしてくれなくなるでしょうね。
KUA ANNUALは学生の選抜展なので学生同士のバトルになります。リアルな緊張感を変換する仕組みがあるのが、本学の素晴らしいところだなと思います。

その仕組みはどのようにして生まれたのでしょうか?

ヤノベ:やはり、前理事長・徳山詳直が掲げた「藝術立国」という理念が大きいでしょう。藝術立国とは「芸術教育が世界を変える」という考えです。ぼくもその強い想いに惹かれて着任を決めましたし、それを体現しようとしてウルトラファクトリーを作りました。

他大学との違いがあるとすると、普通は教授会がガチガチにあって身動きが取りづらいと思いますが、本学には「ひとまずやってみなはれ」という関西的なたおやかさがある気がします。
ぼく自身ものづくりが大好きだし、学生の才能が開花したり新しいものが生まれる瞬間に大きなエネルギーをもらっている。ウルトラファクトリーは、そういうエネルギーが常に生まれる発電所みたいな場としてイメージしています。

そのエネルギーが大学を動かし、京都を動かし、日本を動かしていくことで、結果的には世界も変わっていくのではないか。教員としては、そのための環境作りに日々励んでいます。

KUA ANNUALに人が集まるわけ

続いて、キュレーターの服部浩之氏にKUA ANNUALの取り組みについてお話を伺った。

服部氏は、「アートのオリンピック」と呼ばれるヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で2019年に日本館のキュレーションを手掛けた、名実ともに日本を代表するキュレーターである。KUA ANNUALには学外からゲスト・キュレーターとして参加している。

彼と協働しているのが、全5名のアシスタント・キュレーターである。今回は、その中でもアートプロデュース学科3年生の阿部リサさんと、大学院のグローバル・ゼミ所属の清田菜央さんにもインタビューすることができた。

まず、今年のKUA ANNUALのテーマについて教えてください。

服部浩之氏(以下、敬称略)KUA ANNUALは公募制なので、展覧会テーマとは別に募集テーマがあります。ぼくにとっては前回に続き2回目のKUA ANNUALですが、今回は「 C | 接触と選択」というテーマで参加を募りました。

募集開始が2021年4月だったんですが、時期的にはコロナが始まって一年ぐらい。何かに触れることを強く意識したり、自身の行動(旅行や外出など)にまつわる選択の責任を求められたりする中で、学生が「触れること」や「選ぶこと」をどう考えているのかを知りたかったんです。
ほかにも「C」は「コンタクト」や「チョイス」とも解釈できますし、できるだけ解釈の余地を残して、各々が自身の活動を紹介できる状況を作りました。100件弱の応募があり、最終的に15組まで絞り込んでいます。

6月の参加者決定のあとは、月1でミーティングを重ねながら、12月に学内で実施したプレビュー展、そして2月に東京都美術館で開催される本展へと準備を進めています。

服部氏(中央右)による講評会の様子
写真提供:京都芸術大学
学生のおふたりは、KUA ANNUALではどんな役割を担っていますか?

阿部リサさん(以下、敬称略):私は全体のスケジュール管理やタスクマネジメント、それとキュレーター・ジャーナルの記事を執筆することもあります。KUA ANNUALに参加したのは、異なる領域で活動している同年代と、美術館という場所でひとつの展覧会を作ることができる点と服部さんのキュレーションのやり方に関心があり、間近で見たいと思ったのが主な理由でした。

清田菜央さん(以下、敬称略):私はキュレーター・ジャーナルの企画、執筆を含めたスケジュール管理等を担当しています。学部時代は東京の一般大に通っていましたが、将来的にはキュレーターになりたくて京都芸術大学に来ました。昨年、東京都美術館でKUA ANNUALの展示を見たときに衝撃を受けて、こんなレベルの展覧会に関われるならやらない手はないと、入学前から参加を決めていました。

即興性の中にある規則性

審査の過程で印象的だったことはありますか?

服部:あまりお気楽なプロポーザルがなかったことです。多くの人が思慮深く、迷宮に入り込んでいるような雰囲気がありました。あとは幽霊的な存在を扱うアイデアも多くて、ここではない別の世界が多数広がっているような感じがしました。

出口が見えない社会状況に対して、単純に批判するでも楽観視するでもなく、真摯に向き合っている人が多いなという印象です。そういう状態を見て、本展のテーマは「in Cm|ゴースト、迷宮、そして多元宇宙」にしました。

「KUA ANNUAL 2022」ポスター
「in Cm(インシーマイナー)」とは?

服部:テリー・ライリーというアメリカの作曲家に着想を得た言葉です。ライリーは、即興演奏・ミニマル音楽の新境地を切り開いた「In C」の作曲者として知られています。「In C」は、ある一定のルールは設定されているのですが、進行の多くの部分が演奏者に委ねられた楽曲です。

「C」というだけあって、基本的にドミソのメジャーコードのみの限られた音素で演奏されるのですが、同じ要素が反復し重ねられつつも演奏者の判断や即興性を大切にすることで、規則性を備えつつも演奏されるたびに常に異なる豊かな音楽が立ち上がります。今回の展覧会では、作品は全て新作で作家たちが自由に制作を深めていくのですが、複数の作家が幾つかの共通したキーワードや関心を持っており、それらが繰り返し現れたりする。この曲のようにある規則性をもちつつも即興的な応答と反復のなかで、複雑に展開していくのです。

「C」というアルファベットは、募集テーマで打ち出したものでしたが、音楽の知識がある人にとっては、メジャーコードを想起させる言葉でもあるでしょう。ある程度シンプルな要素で構成されつつも不思議な広がりがうまれることを期待しました。実際に作家たちから寄せられた提案は、複雑で深みがあって、何かしら陰を備えていました。
私の問い自体がすこしズレていたようにも感じ、作家たちにこちらも応答すべく、どこか明るい感じのするメジャーコードに対して(実際にはコードに明るい暗いなどはないのですが)、「Cm(シーマイナー)」の半音ズレたコードでチューニングを合わせようとしました。この少しズレたところに学生たちのリアリティがある気もしています。

タイトルだけでなく、タイトルの考え方も即興的な感じがしますね。

服部:まず「◯◯というテーマで制作してください」という方法は、先行きの見えない今の状況にはフィットしないと思うんです。数ヶ月後にどうなっているかもわからない社会状況を全員が体験している中で、そのリアリティを展覧会作りにも反映させたい。だから学生の取り組みに対して、ぼくも即興的に応答していきながら展覧会を設計しています。

阿部:実際に関わっていて、そういう服部さんの姿勢から学ぶことが多いです。とくに普段のミーティングでは、まず作家や私たちの声に耳を傾け、その声に対して服部さんが応答する、そして作家や私たちもさらに応答するというような、それこそ即興的なやりとりが行われている印象です。みんなの思考や思いを否定はしないんですが、完全に放任するわけでもなく、それとなく可能性を示すような話し方をされています。

清田:作家のプレゼンが抽象的すぎたり個人的すぎたりすると、「◯◯が分からなかったです」と素直に言ってくださるので、作家本人も「自分でも理解できていなかったかも」と気づかされることが多いみたいです。
否定でなくて、分からないことをはっきり「分からない」と答えてくださるので、それぞれがズレてもいいけど、ズレすぎると引き戻してくれるような安心感があります。

阿部リサさん(左)と清田菜央さん(右) 撮影:筆者

できるだけ「寄り道」する思考

服部さんがそういう思考をもつに至ったのはなぜでしょうか?

服部:自身のバックグラウンドが大きい気がします。2006年から2016年まで、秋吉台国際芸術村や青森公立大学国際芸術センター青森などのアートセンターで働いていました。

アートセンターでは、アーティストが一定期間、滞在制作するアーティスト・イン・レジデンスを主に行っていました。すでに完成した作品を扱うのでなく、作られている最中のものを扱う経験から、プロセスの構築に対する興味が膨らんだのかもしれません。

最終的に成果物がまとまらなくなる不安はありませんか?

服部:それはあります。最終的には「展覧会」という形にまとめないといけないので、プレッシャーはあるにはあるんですが、一方でどこか「破綻してもいいや」と思っているところもあるかもしれません。言い換えれば、最初に想定したものと最後に出てくるものが違ってもいいかなという感覚で。今回で言えば「展覧会」というゴールはあるけど、そこに向かう道のりは最短距離じゃなくていいという感じです。

ゴールに向かうルートを増やしたくて、できるだけ寄り道してしまうような方法を意識的に選んでいます
なので「何もできませんでした」という状況はもちろん望んでいなくて、振れ幅があるものを最終的にどうまとめるか、そのプロセスを重視しているわけです。

「どうにもならなさ」としての風景

服部氏(左)による講評会の様子
写真提供:京都芸術大学
プロセス重視の考え方は何に由来するのでしょうか?

服部:一番大きいのは、学部時代に建築の勉強をしていたことだと思います。子どものころから風景を見たり描いたりすることが好きで、将来は風景に関わる仕事がしたいと思っていました。

それが建築設計じゃないかと思って建築学科に入学したんですが、実際に学んでみると、設計はあまり向いていないことが分かりました。コンセプトを考える作業は好きだったんですが、それをカッチリした図面に落とし込むのが苦手だったんです。

そんなとき、たまたま現代美術を知ることがありました。特に面白かったのは、アーティストの赤瀬川原平さんを中心とし様々な領域の人々が参加する路上観察学会。街や風景の中に彼らが「トマソン」と呼ぶ「無用の長物」を見つけて、その視点や発見自体に新たな価値を与えていました。

日常のルーティンからおかしみを抽出して価値付けする人々がいることに、まず驚かされました。そこからいくつかの偶然が重なってアートセンターで働くことになり、先ほどお話しした「寄り道」の話に繋がっていきます。

風景に惹かれる理由は何ですか?

服部:風景が自分ひとりでは「どうにもならないもの」だからです。建築に携われば「風景」を作れるのかなと思っていたら、どうやらそれは簡単に作れるものではなく、いくつもの要因が折り重なって形成されていることが分かった。そんなとき、「どうにもならないもの」があるってすごいなと思ったんです。

そんな「どうにもならないもの」に自分が関わる方法を考えたら、できることはその変化の過程に関与し、なんらかのかたちで記していくことくらいかなと思いました。だから風景を作るのではなく、眺めながら変容に関わっていくことに面白みを見出しています。

それがたまたま展覧会というアウトプットになっているんですが、必ずしもそれだけではないと思っています。実際には、展覧会も社会の風景を形作る営みのひとつですね。
だからキュレーターとしては、「どうにもならなさ」を一旦引き受けつつ、その上で面白い回路や新しい道を提示することに一番の関心があるのかもしれません。

風景への興味とキュレーターとしての活動はどのように接続するのでしょうか?

服部:子供の頃は風景を描くことが好きでよくスケッチをしていたんですが、適当な性格のせいかあまり正確に描けなかったんですよね。というのも、無意識に編集しちゃうんです。写真みたいに機械的に精確に写し取ることができなくて、つい気になる部分を拾って辻褄を合わせてしまう。するとそこには目の前にある実際の風景とは異なる風景が立ち上がっている。そういうことに面白みを感じていました。

そんな編集癖が未だにあるのか、プロジェクトを作る上でも、一見まったく関係ないものたちが出会い衝突することを愉しんでしまう。色んな矛盾が噴出するのだけれど、それはそれとして肯定して、どこかで辻褄を合わせつつも、ひとつの主張とか正しさみたいなものに収束しないほうがいいなと思ってしまうところがあります。

美大教育のこれから

服部さんは、秋田公立美術大学(以下、秋美)で特任准教授を務められていますが、京都芸術大学との違いは感じられますか?

服部:感じます。なんといっても秋美の特徴は、1学年が100人くらい、大学院まで入れても全員で437人(2021年度)という小規模感です。その規模のおかげで、美術の人も工芸の人もデザインの人も、みんな近い場所で親密な関係にあります。多領域に触れやすい環境なんですね。

学校自体が小さいので、学生が学内に留まらず、地域に出て行ってコミュニティを見つけていくところがあるのも大きな特徴です。

秋田公立美術大学の学生たちと人形道祖神を巡るフィールドワークの様子
写真提供:服部氏
秋田や京都の経験から、これからの美大に必要なものは何だと考えますか?

服部:いくつかの美大に関わっていて思うのは、学校によって学生の感じが本当に違うなということです。それぞれの美大にカラーがあって、その差異が互いに活きていく状況が作れればいいなと思っています。

東京なら東京でしかできない経験があるし、秋田なら秋田でないと見られない光景がある。それと同じように、みんながみんな同じことをしなくていい。たとえば秋美の場合、ごく普通に田植えや狩猟をしている学生がいます。
それがいわゆる美術に繋がるのか分からないけれど、直感的にサバイブするための技術や知識を身につけようとする鋭い感覚を彼らは持っているように実感しています。たまたま身近にあることを自らの表現に引きつけていく感じで、それが面白いと思っています。

おそらくそういう「ならでは」の状況はどの大学にもあるはずなので、それぞれの特徴が美大のキャラクターとして可視化されると、学生にとっても選択肢が増えるはずです。だから同じ基準で比べ合うのでなく、意識的に差異を出していった方が、美大が生き残るためにも有効なんじゃないかと思っています。

清田さんと阿部さんは現在進行系で美大に在学していますが、いまの経験が将来的にどんなことに活きると思いますか?

清田:美大に入ったからには美術に可能性を感じているので、それを通じて世界がより良くなるための研究に繋げられたらいいなと思っています。でもその一方で、アシスタント・キュレーターとして動いている中で、自分には何ができるのかを自問しています。

清田菜央さん 撮影:筆者

清田:できるならアーティストの悩みに寄り添って問題を解決してあげたいけど、結局それを解決するもしないもアーティスト本人に掛かってくる。すると、キュレーターとしてはどこまで自分の存在が力になるのかが分からなくなってくるんです。

話し相手になって思考を整理する手伝いくらいはできるけど、正直「キュレーターとして」話している感覚はありません。でも分からないなりにアーティストの方との対話を重ねる中で、キュレーターの役割について深く考えるきっかけになっているので、自分にとってすごく勉強になっていると感じています。だからこそ、ジャーナルの制作やSNSでの情報発信など、自分が真摯にできることにも一生懸命取り組む事が出来ています。

阿部:私も清田さんと近くて、キュレーターとして自分ができることってなんだろうと考えています。逆にアーティストから学ぶことの方が多くて、私が彼らに何を与えられたのか正直言って分かりません。試行錯誤する中でいま私にできることは、「鑑賞者」として作品と関わり、そこから何かを掬い取り、真摯に意見を伝えることだと思っています。

阿部リサさん 撮影:筆者

阿部:アーティストと話したり、じっと作品をみていると、大げさでなく、世界の見え方・切り取り方が変わる瞬間があります。私は「美術」に世界を変える素晴らしい力があるなんて言い切れません。いつも「美術」ってなんだろうと考えています。でも、作品が語るなにかによって自分のもつ目が変わる瞬間があるから、そこに可能性も感じています。

いまは3年生なので、進路を考えないといけないんですが、焦らずに広い意味で、「作品」と誰かの出逢いをプロデュースしたいです。作品が誰かのもとに届き、そこから何か思考を巡らせる機会を生み出せればなと。それが「美術」であってもなくてもよくて、広い意味で人と作品、ときには人と人の関係を取結び、創造的な何かが生じる機会を作りたい。私にとって、それが具体的に何であるのかを考えながら、日々KUA ANNUALの仕事に取り組んでいます。

ヤノベさんとウルトラファクトリーの歩みから、服部さんのキュレーション観、そして学生のリアルな問題意識に至るまで、様々なお話を聞くことができました。みなさん、ありがとうございました。

まとめ

京都芸術大学をめぐるインタビューシリーズは本記事でひとまずの最終回を迎える。
前半のヤノベ氏のお話では、氏の作家活動から大学組織での教育改革に至るまで、その問題意識がシームレスに接続されていく様をお聞きすることができた。

その帰結として生まれたKUA ANNUALで、現在進行系の課題に取り組んでいるのが服部氏と学生2人だった。そのユニークな思考は「回路を増やすこと」「寄り道すること」「どうにもならなさに寄り添うこと」などに表れており、キュレーション論としても教育論としても読むことができるものだ。
それに対して学生たちのコメントは、実践型のプロジェクトの渦中にあって、それぞれが自分にとっての問題意識を発見しつつある状況をリアルに伝えるものだった。

彼・彼女らがその問題にどのような意味を与えたのか、これから以下の会期で開催される本展に足を運べる方は、ぜひ実際にその「回答」を目撃してみてほしい。

京都芸術大学 学生選抜展
KUA ANNUAL 2022 in Cm|ゴースト、迷宮、そして多元宇宙
東京都美術館 1階 第2・3展示室
2022年2月24日(木)–26日(土)
https://www.kyoto-art.ac.jp/kuaannual2022/

またTDでは、2021年夏に東北芸術工科大学へのインタビューシリーズ(「山形で考える、これからのアート/デザイン教育・前編」「同・後編」)も公開している。今後も全国の美大現場をめぐる取材を展開することで、教育現場のリアルな今をお届けしていきたい。

関連リンク:
Twitter:KUA ANNUAL 2022 (@kua_annual)
Instagram:KUA ANNUAL 2022(@kuaannual)
note:https://note.com/kuaannual

 

ヤノベケンジ

1990年初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに実機能のある機械彫刻を制作。ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外から評価が高い。2005年、全長7.2mの《ジャイアント・トらやん》を制作。2008年以降、京都芸術大学ウルトラファクトリーで巨大彫刻の集団制作体制を確立。2011年、東日本大震災後、希望のモニュメント《サン・チャイルド》を制作し、国内外で巡回。3体のうち1体が茨木市(大阪)で恒久設置される。2017年、旅をして福を運ぶ、旅の守り神《SHIP’S CAT》シリーズを制作開始。2021年、最新作 《SHIP’S CAT(Muse)》が2022年に開館した大阪中之島美術館に恒久設置され、注目を浴びている。 http://www.yanobe.com

服部浩之(はっとり・ひろゆき)

愛知県生まれ。愛知・秋田拠点。2006年、早稲田大学大学院修了(建築学)。国際芸術センター青森(2009-2016年)などで約10年間アーティスト・イン・レジデンスに従事する。アジアの同時代の表現活動を研究し、様々な表現者との協働を軸にしたプロジェクトを展開。近年の企画に、第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」(2019年)、「Gooing Away Closer 近くへの遠回り」(2019年、ウィフレッド・ラム現代美術センター、ハバナ)など。現在、秋田公立美術大学大学院と東京藝術大学大学院で教鞭をとる。

阿部リサ(あべ・りさ)

2000年北海道札幌市生まれ。京都芸術大学アートプロデュース学科にて、美術史をはじめ美術教育やキュレーションを学ぶ。大学一年次から対話型鑑賞を理論と実践を交えて学び、二年次からは対話型鑑賞のファシリテーター育成を目的とした社会人向けセミナーにメンターとして携わる。2020年には大阪・北加賀屋にあるアート作品収蔵庫 MASK [MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA] にて子供から大人まで幅広く対象とした作品鑑賞プログラムを設計/実施するなど、美術教育のあり方を実践を重ねながら考察している。

清田菜央(きよた・なお)

1997年東京都練馬区生まれ。京都芸術大学グローバルゼミに在学し、世界で活躍するキュレーターやアーティストの方から指導を受け、キュレーターとしての学びを深める。大学院入学前は中央大学文学部フランス文学文化専攻に在学し、アメリカへの交換留学時に受けた美術史の授業にてアートが社会に影響を与えてきた歴史や作品の奥深さに興味を持つ。更に芸術に関しての学びを深める為、大学卒業後は学芸員資格を取得。現在はコミュニティアートのキュレーション、アートマネジメントを研究テーマとし、展覧会企画やアートプロジェクト立案を通じてアートと社会の関係性について考察を進める。

この記事を読んだ方にオススメ