【連載】「デザインに固執しないデザイナー」が見ている世界vol.2 造形力よりも大切なこと

Feb 23,2018interview

#tsug

Feb23,2018

interview

【連載】「デザインに固執しないデザイナー」が見ている世界 vol.2 造形力よりも大切なこと

文:
TD編集部

「デザイナー」「エンジニア」「ストラテジスト」という3つの肩書きを持ち、多くのスタートアップ事業に参画する久下玄氏へのインタビュー。vol.2では、前半では個人のスキルについて、そして後半では学生たちへのアドバイスを聞いてきました。

Youtubeで学べないことを大学で学ぼう

ここからは、学生たちへのメッセージを中心に聞いていきます。
デザイナーの役割が多様化している現代において、デザイン系の学生が学校で勉強してきたこととは違う力が、社会では必要になってきているのでしょうか。
例えば「スケッチが必須教科ではない」美大なども増えてきているようですが。

そうですね、学校教育は見直すべき部分はあるかもしれませんね。
ただ、デザイナーとしてキャリアを積んでいきたいならアナログのスケッチは必須スキルとして身につけた方が良いと思います。
なぜならスケッチは、空間認知能力やアイデア伝達力のトレーニングだから。ゆえに、スケッチができる人とできない人で仕事のスピードに圧倒的な差がある。多分20~30倍違うのではないでしょうか。

今はOSの構造自体がすごく「空間的」になっていて、UIを表現するためにも空間認知能力が必要になってきています。
この能力を鍛えるには、実際に手を動かしてモノを作るか、プログラミングで3次元のコードを書きまくるか、アナログのスケッチのどれかになると思います。で、一番手っ取り早くて汎用性が高いのがアナログのスケッチです。

でも、学校でスケッチみたいな手先のスキルを優先して教えるべきかというと、ちょっと違う。もっとメンタルみたいなものを優先して教えてあげた方が良いのではないでしょうか。

スキルではなく、メンタル。それはどうしてですか。

今はTEDCouseraなど、オンラインで学べる場がたくさん開かれています。プログラミングもデザインスケッチもフォトショップもYouTubeやUdemyで学べる。スキルセットの授業は山ほど見ることができて自力で学べるのだから、それだけを教育機関が教える時代じゃない。

せっかく学校というリアルな場があるなら、先生や先輩の「時代を越えても必要とされる考え方」とか、独立するというのはどういうことなのかとか、メンタル的なことを学びに行く方が良いと思います。こういうことって、ゼミが終わった後、教授と飲んだときとかにやっと聞ける話ですよね。

入社後に必要とされるスキルって、バラバラなんです。実際に入社してやってみないと身に付かない。だから学校で習うことは結局あまり役に立たないことが多いんですよ。
それより、自分がアサインされた場所で必要なスキルを早く吸収するコツとか、時代に合わせて自分のメンタルをアップデートすることを学ぶほうが、すごく大事だろうなと思います。

それでも大学には行った方が良いと思いますか。

やりたいこと次第です。プロになりたいならデザインの大学には行った方が良いと思います。しかし美大や専門学校に行けば何とかなると思わない方がいい。
ちゃんと自分で、そこで何の技術を吸収するつもりなのか考えることが大切です。

「なんとなく総合大学に行く」という学生は多い。でもそれは決してネガティブではない。「何に向いているか分からないから、全部試すために行く」と考えれば、総合大学を選ぶ意味がありますよね。

デザインの大学も一緒で、やりたいことが決まっていなくても、ぼやっとしていてもいいから方向性だけでも持った上で通うのが大事なんじゃないでしょうか。
人によっては、なりたいデザイナーになるためには美術大学とかデザインの学校じゃなくて、ビジネスを学ぶために経済系の大学に行った方が良いかもしれない。
今は学歴以外でも評価される時代なので、そういう意思を持った選択が命運を分けるのではないかなと思います。

目的を持つことが大事ということですね。

そうですね。あとは気質が合うところに行った方が良いと思います。自由奔放な考え方をする人が、型にはめられるようなコミュニティに行っても、辛いですよね。学校を選ぶときには、就職先よりもコミュニティやカルチャーを調べる方が良いかもしれない。学校の色って全然違いますからね。

ただ単に「デザインの仕事に就きたいから美大へ」ということではなく、自分のスタイルに合った場所を見つけられると、のびのびと過ごせますよね。

そうですね。もう一つ付け足すとすれば、いつの時代も学生はバイアスの中で生きている感じがします。世の中にはいろんな職業があって、いろんな物事やいろんな考えが溢れていることを実感してほしい。
例えば僕は学生時代、デザインの仕事もしていましたが、全く関係ない飲食店でアルバイトから、短期的にではありますが経営に関わったこともあります。
オーダーからメニュー構成から……アルバイトの人件費管理、回転数を考慮した原価計算、もちろん調理まで全部やっていました。何かをやるのにどれだけ人を動かす必要があるかとか、そもそも人に何かを伝えることがこんなに難しいことなんだとか、そういったことを肌感覚で経験できたのは振り返るとかなり意味のある経験だったと思います。

それから、トレーニングに時間をかけすぎないこと。
例えば、作品集のテイストをコピーしてやってみる、というは大事だと思うんですよ。だけど、それはあくまでも何回かやるだけのトレーニングで、その先が本当はその人の仕事のはず。渋谷を歩いているだけで、デザインの作品集を1日中見るよりもっとたくさんのデザインを目にすることができるはずです。ずっとトレーニングだけやっていてもしょうがないので、「その先」を広げる努力をした方が良いと思います。

なんと、飲食店経営の経験もあるという久下さん。話の引き出しが多すぎる!
ありがとうございます。最終回では「久下さんが最近気になっていること」についてあれこれ聞いていきます。

※次回「【連載】『デザインに固執しないデザイナー』が見ている世界 vol.3」は3月2日(金)公開予定です。

久下玄(くげ・はじめ)

デザイナー/エンジニア/ストラテジスト。東京造形大学卒業。家電メーカーのプロダクトデザイナーを経て2009年にtsug,LLC創業。事業戦略、技術開発、製品デザインまで手がける統合型デザインで、国内外の企業のイノベーションプロジェクトに携わる。2012年Coiney,inc創業に参加し、以後プロダクト開発を担う。2010~2013年まで慶応大学SFC研究所にて研究員として通信とデザインの研究および教育に携わる。近作に脳波ヘッドフォンmico(neurowear)やスマホ決済サービスCoiney(コイニー)など。受賞多数。近著は「リアルアノニマスデザイン」(学芸出版社・2013年・共著)。

この記事を読んだ方にオススメ