「デザインあ展」を訪れた人も、そうでない人も!大人のための『音のアーキテクチャ展』

Oct 05,2018report

#21_21

Oct05,2018

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「デザインあ展」を訪れた人も、そうでない人も! 大人のための『音のアーキテクチャ展』

文:
TD編集部 青柳

六本木ミッドタウンの21_21 DESIGN SIGHTで、企画展「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」が開催されている。「デザインあ」でお馴染みの中村勇吾氏と小山田圭吾氏のタッグによる「音の展示」。先日訪れたデザインあ展とは対照的な、大人のための展覧会だった。

「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」

六本木ミッドタウンの21_21 DESIGN SIGHTで、企画展「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」が開催されている。
展覧会ディレクターには、ウェブ、インターフェース、映像の分野で高く評価されている中村勇吾氏の名が。そして音楽はミュージシャンの小山田圭吾氏(Cornelius)が手がけている。
そう、先日私がレポートした「デザインあ展 in Tokyo」でディレクター・音楽監修を手がけた二人が同じ時期に手がけた展覧会なのだ。

デザインあ展で、彼らが手がける映像×音楽の世界にすっかり心惹かれてしまった私。
本展も見に行ってみよう、と思いたった。

会場入り口の様子。 

ひとつの楽曲を、9組の映像作家が自由に解釈する

筆者が訪れたのは平日の昼間。学生の姿が目立ったが、40〜50代と見られる層も多いのが意外だった。

本展のコンセプトは、小山田圭吾氏が展覧会のために書き下ろした新曲『AUDIO ARCHITECTURE』を、気鋭の作家たちがそれぞれの視点から解釈し、映像作品を制作する、というもの。Wonderwall・片山正通氏が会場構成を担当した空間にひとつの楽曲と複数の映像作品を繰り返し再生することで、「音楽建築空間」の構築を試みる。

『AUDIO ARCHITECTURE』作詞:中村勇吾/作曲:小山田圭吾(Cornelius) 

参加作家は、映像、アニメーション、ダンス、グラフィック、広告、イラストレーション、プログラミング、メディアデザインなどの領域を横断しながら、多彩な感性をもって新しい表現に取り組む9組だ。

音楽をもとに空間を構築する

受付を終えて地下に降りていくと、中村勇吾氏のディレクターズ・メッセージが待ち受ける。

AUDIO ARCHITECTURE展は、あるひとつの音楽をもとに空間を構築する試みです。映像・インテリア・グラフィックからテキストまで、空間内のあらゆる要素がひとつの音楽と関係しあい、それぞれが固有性を発揮しながらも、そのすべてが音楽を軸に連動し、調和し続けている、そのような「音楽建築空間」をつくり、体感してみたいと思いました。

 

入り口付近にも本展のために作られた曲が流れ、それに合わせて『AUDIO ARCHITECTURE』のロゴがうごめいていた。ちなみにこのロゴは北山雅和氏によるもの。北山氏はCorneliusのアルバムデザインを初期の頃から手がけており、小山田氏の作り出す音楽をグラフィックで表現する上で欠かせない存在なのだろう。

「混乱」を味わう展覧会

展示会場は大きなステージを中心に展開されている。来場者は映し出された映像を眺めるだけでなく、ステージに上がって映像の中に身をおくこともできる。

一言で表すならばこれは一つの楽曲をいくつかの異なる要素と組み合わせて聴くことによる、「混乱」を味わう展覧会だったと言えよう。

使われている楽曲は同じなのに、映像作品との組み合わせによって、その曲から得られる印象が大きく変わる。
作品が切り変わると、無機的に聞こえていた曲から一気に生き物のような息遣いが聞こえてくる。
ある作品では、その曲は不安定さを残したテクノサウンドのように聞こえていたのに、次の作品では聞く人を眠りに誘う環境音楽のようにも聞こえる。
リズムやビートが際立って聞こえてくる作品もあれば、歌声や歌詞の意味がひとつひとつ鮮やかに体に入ってくるものもある。

例えば上の写真の作品は、折笠良(おりかさ・りょう)氏による『エンドゲーム・スタディ』。記号を楽曲に乗せて、生命的挙動を吹き込んだという。曲に合わせて記号が舞い、空間が生まれ、語が浮かぶ。この映像を見ている時、筆者はこの曲に対し環境音楽のような印象を受けた。

一方この映像は構造の崩れたデジタル画像の美学を描くアーティスト、UCNVによる作品『Another Analogy』。
正常な映像と崩れたバージョンを併置することで、楽曲の歌詞の「対義語の対比」という構造に呼応している。この映像を見つめる中で、ただの単語の羅列に思えていた歌詞の意味がすっと体に入ってきたときには、作者の企みの一員になれた気がして思わずニヤリとしてしまった。

会場内に映し出された「AUDIO ARCHITECTURE」の歌詞(作詞:中村勇吾)。この表示自体がビートに合わせて揺れていた。

一段と「有機的」なインパクトを放っていたのは勅使河原一雅(てしがわら・かずまさ)氏の『オンガクミミズ』という作品だ。これはぜひ動画で見て欲しい。

勅使河原氏は楽曲を「生命的に脈打つもの」として捉え、その断面の連続を描いていくことによって音楽を「聴取する行為」に潜む複雑さを表現したという。

個人的なベスト作品は、これ。アニメーションで独自の世界観を打ち出した、水尻自子(みずしり・よりこ)氏の『airflow』である。
寿司、ティッシュ、風船、指といった物体が並び、楽曲に合わせてゆっくりと官能的に動く様子は、規則的なようでいて少しずつ異なる。音楽が無音になった瞬間に、それぞれの素材が動きを止めきれずにゆっくりと揺れ動くところは、余白の使い方として極めて秀逸だと感じた。
目が離せない。しかし見つめるほどになんとなく不安になる。サルバドール・ダリの作品を初めて見た時に近い、不思議な感覚に陥っていく。

それぞれの映像作品は全く共通点がないように見えた。しかし同時に映し出されていても調和しあい、互いの魅力を際立たせあっていた。

各作品が一度に投影されたところ。巨大スクリーンの裏側は作家ごとの個別ブースになっており、それぞれの作品をじっくり見ることもできる。

「音楽建築空間」が私たちに提示するもの

「錯視」とは視覚に対する錯覚のことを指すが、本展で体験したのはいわば「錯聴」とでも言えるだろう。しかし視覚からの情報が変わることで同じ楽曲が違って聞こえてくるのだとしたら、私たちは日頃、何を「聴いて」いるのだろう、と若干の不安すら覚えてしまう。
本展は「音」を起点とした構成だったが、おそらく聴覚だけでなく、感覚全般に対して同じことが言えるのだと思う。こんなことをするのは野暮だけど、例えばこれが共通の映像に違う楽曲を組み合わせた展示であったとしても、同じような感覚を得られるだろう。……同じ映像を見ているのに、曲が変わるとその意味合いが違って見える、といったような。
それほど私たちの感覚は非常に曖昧であり、同時に極めて敏感にその違いを感じ取るものなのだ。そしておそらくこの曖昧さや敏感さこそが、デザイナーやアーティストたちを面白がらせ、奮起させるのだろう。

本展は2018年10月14日で会期を終了する。
中村勇吾氏と小山田圭吾氏。「デザインあ展」でもタッグを組んだ二人だと冒頭お伝えしたが、同展が子どもが楽しめるよう構成されていたのに対し、こちらは完全に大人のための空間だ。子連れ入場ももちろん可だが、音と映像への没入体験が損なわれてしまうのはいささかもったいない。
時間を気にせず音の中に身をおき、全ての映像作品をじっくりと味わおう。そうすることで研ぎ澄まされていく自分の感覚を、ぜひ楽しんでみてほしい。

つい買ってしまった『Cornelius×Idea : Mellow Waves コーネリアスの音楽とデザイン』。

AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展

会期:2018年6月29日(金)- 10月14日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1&2(東京都港区赤坂9-7-6)
電話番号:03-3475-2121
開館時間:10:00 – 19:00(入場は18:30まで)休館日:火
料金:一般 1,100円、大学生 800円、高校生 500円、中学生以下無料

 

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