日本人で唯一、カーデザインの「殿堂入り」
2010年に、特に優れたカーデザイナーに贈られる Eyes On Design の Lifetime Design Achievement賞を受賞した同氏。これはいわば、カーデザイナーの殿堂入りを果たしたようなもの。今のところ、日本人は中村氏ただ1人。中村氏は「自分の仕事が偉大なデザイナーたちに認められたことが本当にうれしく、誇りに思っている」と胸を張った。

そんな中村氏が「自分の大きな作品のひとつ」と振り返るのが、「日産グローバルデザイン」という組織を作ったことだ。経営とデザインの距離を近付け、いいデザインが生まれる組織を作れば、自分が引退したあとも継続していいデザインを生み出すことができる。そんな思いで中村氏はクルマのデザインにとどまらず、組織作りに注力した。

その結果グローバルで日産デザインを統括する体制ができあがり、デザイナーの担当範囲は大きく広がった。自身もデザイナー出身としては初めて役員となり、経営に近づいた。「日本のカーデザイン界を変えたいという思いでやってきた」と中村氏。
次世代のデザイナーへのメッセージ
講演は終盤に差し掛かり、テーマは次世代のデザイナーへのメッセージへと移った。中村氏は、デザイナーの資質として「バランス感覚」が重要だと語る。デザイナーはアーティストであると同時にビジネスマンでもある。自分の美意識に基づく美しい表現と、カスタマーのニーズ。その二つがオーバーラップする領域が必ずあり、そこを目指すべきだ、と熱く訴えた。
世界的なジャズ・ミュージシャンで中村氏の友人でもあるハービー・ハンコック氏は、中村氏のデザインスタジオを訪れた際、こんな言葉を発したという。
「創作で最も大切なこと、それは誠実さだ。自分に対して誠実であること、そして大衆の期待に答える責任。この二つのバランスを取らなくてはならない」(訳:編集部)

自身の考えを代弁したかのようなこの発言に、中村氏は深く共感した。
プレゼンテーションの最後に、中村氏は会場に詰めかけた学生、社会人に向けてアドバイスを贈った。
学生に対しては「社会に出たらできるだけ早く、身近にロールモデルを見つけること。できればライバルも」。
社会人に対しては「会社は自己実現のプラットフォームだと考えてほしい」と説く。「自分のために会社があると考え、やりたいことを実現するために動く。それが結果的に会社への貢献につながる」という。
デザイナーとしてはもちろん、卓越したマネジメント力によって日産のデザインを率いた中村氏ならではの考え方だ。

これから社会の中心を担う学生、社会人に熱いエールを送って締めくくった中村氏。彼が生み出してきたのは、各社を代表するクルマのデザインだけではない。ビジネスの視点からデザインを考え抜くことや、グローバルにデザインをマネジメントすること、そして組織のマネジメントにデザイナーが深く入り込むこと……。過去に考えられていた「デザイナーの領域と限界」を大きく飛び越えた活躍は多くのデザイナーたちに刺激を与え、彼自身が未来を担う若手カーデザイナーたちのロールモデルの一人となっている。
日産を引退し、現在はデザインコンサルタントとして活動している同氏。今後の活躍にも、まだまだ注目していきたい。
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中村 史郎(なかむら・しろう)
1950年大阪府生まれ。1974年武蔵野美術大学卒業後、いすゞ自動車入社。米国Art Center College of Designに留学、1981年首席で卒業。その後GMデザイン勤務、いすゞ欧州スタジオデザインマネージャー、アメリカいすゞ商品企画副社長を経て、デザインセンター部長に就任。1999年10月カルロスゴーンのリクエストで日産自動車に入社。 2000年デザイン本部長に就任、2001年より常務執行役員。2014年にチーフクリエイティブオフィサー専務執行役員に就任。グローバル日産デザインの総責任者として日産のリバイバルと成長に貢献。欧米のデザイン団体やメディアなどで、その業績と影響力を評価され数多くのアワードを受賞。 2017年3月日産退任後、株式会社 SHIRO NAKAMURA DESIGN ASSOCIATESを設立し、デザインコンサルタントとして活動。


