「美しさには力がある」。前田育男氏が語るマツダ・ブランドの変革

Dec 13,2019report

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Dec13,2019

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「美しさには力がある」。 前田育男氏が語るマツダ・ブランドの変革

文:
TD編集部 出雲井 亨

周囲の光の加減によって表情が変わる複雑なボディ。他社の追随を許さないユニークなエンジン技術。マツダは、ライバルとは一線を画す独自のポジションを築いている。そんなマツダをデザイン面から引っ張り、現在のブランド地位を築きあげたのが、カーデザイナーであり同社常務執行役員 デザイン・ブランドスタイル担当の前田育男(まえだ・いくお)氏である。同氏は2019年10月18日、東京・虎ノ門ヒルズフォーラムにて開催された「design surf seminar 2019 – デザインの向こう側にあるもの – 」に登壇した。その様子をレポートする。

危機感を共有したい

マツダのデザイン・ブランドスタイルを統括する前田育男氏。「CAR AS ART(クルマはアートだ)」をテーマに、美しいクルマ作りに挑戦している。
そんな前田氏は、design surf seminar 2019における講演『マツダデザインの挑戦』の冒頭、「危機感をシェアしたい」と切り出した。日本の将来、カーデザインの将来について危惧することがあり、それがデザインのモチベーションになっているという。

危機感のひとつは「様式レス」の日本の風景。特に地方のロードサイドの光景は、まさに何でもアリで、混沌としている。これでは美しいものを作ろうというモチベーションが湧きにくいと前田氏は指摘する。
一方ヨーロッパを訪れると、そこには必ず「様式」があり、どこへいっても美しく統一感がある。これは街並みを維持するための厳しいルールがあるからだ。様式のある街並みの中では、乗りものは風景に色や艶を与える存在。だからこそ、様式を理解したプロの仕事しか許されない環境なのだ、と。

もうひとつの危機感は、自動車業界のトレンドについて。現在CASEと呼ばれる新技術によって、自動車は120年に1度の変革期を迎えている。今後「ドライバーがいらない(いない)自動車」が出てきたら、自動車のデザインはどうなってしまうのか。
従来の自動車は「運転する道具」としてデザインされてきた。数々の制約があるからこそクルマらしさが研ぎ澄まされてきたと言える。ところが自動運転などの新技術によってその根本が無くなると、これまで時間をかけて作られたクルマの「美の基準」が失われてしまうのではないか、と前田氏は危惧する。「様式レス」の日本で、クルマの美の基準までもが失われてしまったら、クルマはどんな姿になってしまうのか。

そして最も大きな危機感、それはマツダという会社自体の危機である。リーマンショックに端を発する世界的な景気の悪化により、マツダは2015年にフォード傘下から離脱した。早急にブランド価値を高めなければ、ブランド自体が消滅するかもしれない。この瀬戸際の状況からマツダはブランド構築を推し進めてきた。

「魂動デザイン」は生き物の研究から生まれた

ブランドとは、企業の生き様や哲学を、商品の価値に落とし込んで表現すること。マツダの場合、その哲学は「人馬一体」である。

クルマは、心が通ういわば生き物のような存在にしたいと考えています。そこで生き物の形や動きを徹底的に研究し、それをクルマの形や動きに反映させようとしました。
造形面で現在のマツダデザインの原点となっているのが「御神体(ごしんたい)」。これは、さまざまな生き物を模写し、その動きのエッセンスを次第に抽象化した立体で、デザインチームが1年かけて作り上げました。金属を削って作られたものですが、どこか温かみがあり、張りもあります。(前田氏)

動物が走る美しいフォルムを研究し、前田氏が率いるデザインチームが気づいた最も大きい要素は、「背骨」の存在だという。動物は目で行く先を追いかけ、尻尾でバランスをとりながら走る。その間をつなぐ背骨こそが、躍動感あふれるフォルムのカギ。このことに気づいてから、前田氏はデザインする際に常に背骨を意識するようになった。こうしてできあがったのが「魂動デザイン」である。

また、クルマをデザインするプロセスも開発した。手書きでスケッチした抽象的なフォルムをデジタル化し、要素を分析してクルマのパッケージングにかぶせる方法である。このプロセスがピタッとハマったのが2015年に発売されたCX-3で、これまでで最も短い期間で、テーマが明確なデザインを実現したと同氏は語る。

MAZDA CX-3

「手創り」へのこだわり

デジタルを利用した効率的なデザインプロセスを作り上げる一方で、マツダがこだわっているのが「手創り」だ。最後までデジタルツールで仕上げるのではなく、必ずクレイモデルを作り、感触を確かめながら手で削って形を作っていく。これは効率化とは真逆の行為だが、それ以上の価値が生み出されると信じている、という。
クレイモデルを作るときに用いる「インダストリアルクレイ」とは、常温では硬く、温めると柔らかくなる特殊な粘土のこと。自動車会社ごとに柔らかくなる温度設定が違い、マツダが使っているクレイは約55℃という高めの温度設定だ。硬いものを削ってできる感じを出したいというモデラーチームの要望により、この温度になったそう。ひと削りわずか0.3mmという繊細な世界だが、そのひと削りで大きな違いが生まれる。

なぜ「手創り」にこだわるのか。前田氏はその理由を、実例を見せながら説明した。
スライドに映し出されたのは2台のクルマ。1台は現行のロードスターで、もう1台はデジタルツールでデザインしたクルマだ。一見どちらも滑らかな曲面で覆われたデザインで、素人がぱっと見で違いを見つけるのは難しい。
ところが、これを面質(面の種類)ごとに分けて色づけしてみると、ロードスターには非常にたくさんの複雑な面がある一方、デジタルツールで制作したデザインは単純な面構成であることが一目瞭然だった(この画像は残念ながらお見せできない。現場にいた人だけの特権だ)。
このように、使うツールによって最終的なデザインには大きな違いが出る。そして人の手で創り上げられた造形には、デジタルツールでは再現の難しい複雑さや繊細さが宿る。だからこそ、前田氏は作るプロセスを大切にしているのだ。

そして話題は「ブランドデザイン」へと移る。「単にCI(コーポレート・アイデンティティ)やVI(ヴィジュアル・アイデンティティ)を作って終わりというものではない」と前田氏。冒頭にも述べたように、ブランドとは企業の生き様を反映させたものであるべきだという。
そのために前田氏が実行したのが「束ねる」こと。ひとつひとつが個性的であっても、一貫性がなければ「様式」は作れない。そこでクルマのフロントマスクを統一し、ソウルレッドというブランドカラーも設定した。余談だが、マツダの地元である広島カープのヘルメットの色もマツダデザインで作ったそうだ。

(左から)デミオ、CX-3、CX-5、ロードスター、アテンザ、アクセラ

またクルマをきれいに見せる環境を作るために、建築家の谷尻誠氏とともにショールームを設計。目黒碑文谷店を皮切りに、大阪や台北などにも広げていった。ブランドイメージにあわせて「Mazda Type」というオリジナルフォントも制作。安定したプロポーション、張りのあるテンション、人が書いたような手創りのニュアンスなど、クルマづくりと共通する視点からデザインされている。

世界でも高い評価を受けたマツダデザイン

このように時間をかけて作り上げたマツダの美意識が反映されているのが、2015年の東京モーターショーで発表されたコンセプトカー「RX-VISION」である。前田氏自身が「渾身の作品」と表現するロータリーエンジンのスポーツカーは、まるで絵画のように美しく、視点を変えるとまるで生き物のようにリフレクションが動く。
そしてもう一台。「ドイツにバウハウス、北欧にスカンジナビアンデザインがあるように、日本にも固有のデザイン様式を作りたい」という想いで、日本固有の美意識である余白、反り、移ろいの表現に挑戦したのが、2017年の東京モーターショーで発表した「VISION COUPE」である。

「RX-VISION」(右)、「VISION COUPE」(左)
Most Beautiful Concept Car of the Year2018 授与式の様子(プレスサイトより)

RX VISIONとVISION COUPEは、世界でも高く評価された。どちらも「純粋な美しさ」だけを基準に選ばれる「Most Beautiful Concept Car of the Year」を受賞。数億円単位の超高級車が集まる自動車コンクール「Villa d’Este」にも出展し、話題となった。

この会場で、あるイタリア人紳士にかけられた言葉に感動しましてね。
その言葉とは「このデザインを見ると、日本庭園に行ったときの感覚を思い出す」というもの。「CAR AS ART」という壮大な目標を掲げて挑戦を続けてきたけれど、少しはアートと言える領域に近づいたかな、と嬉しくなりました。(前田氏)

前田氏が紹介した「Villa d’Este」の動画

現在クルマは大きな分岐点にある。そしてその捉え方は日本とヨーロッパで違うように感じる、と前田氏は力説する。日本では「120年も経ったんだからもう変わらなきゃ」とモビリティ化を促進する方向。一方ヨーロッパでは「120年も続いたヘリテージ(受け継がれてきたもの)だから大事にしたい」という思想の違いがあるように感じられるそうだ。
まだまだカーデザインでできることはたくさんあるし、クルマは最後まで人を感動させる美しい道具であり続けたいと思っている、と前田氏。「美しさには力がある」という言葉で締めくくると、満員の会場は大きな拍手に包まれた。

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マツダの“美意識”について語られた前田氏の講演。淡々とした口調ながら、「美しさ」に対する熱い想いと、揺るぎない信念が伝わってきた。自らが信じる美意識を全社員と共有して実現していくのは、簡単なことではなかったはずだ。特にビジネスの世界では、コストやマーケティングリサーチの結果などが重視され、往々にして「美しさ」は後回しにされる。そんな中、御神体を作り、開発部門と交渉し、生産部門を説き伏せ、クルマのデザインを改革していった前田氏の苦労は並大抵のものではなかっただろう。もちろん、これは前田氏ひとりの努力ではなく、マツダが全社一丸となって「モノ造り革新」を進めた結果だ。だが前田氏が「CAR AS ART」という高い目標を掲げ、強い意志を持って取り組んできたからこそ実現できたものでもある。

日本では「美しさ」を追求しているクルマは少ない。ユーザーが機能を優先して選ぶからだ。その結果、道路には似たような形のハイトワゴンやミニバンがあふれ、同じようなロードサイドの風景が作り上げられた。だが本当にこれでいいのか。日本は昔から、茶の湯や建築など、固有の美意識を育んできた国だ。一人ひとりが「美意識」を持てば、もっと美しい暮らしができるはず。「あなたはどんな美意識を持っていますか」と問いかけられたような気がした講演だった。

マツダ株式会社 オフィシャルウェブサイト

前田育男(まえだ・いくお)

マツダ株式会社 常務執行役員 デザイン・ブランドスタイル担当 京都工芸繊維大学意匠工芸学科卒業。1982年東洋工業(現マツダ)入社。チーフデザイナーとしてロータリーエンジン搭載の「RX-8」や、ワールド・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した3代目「デミオ」を手がける。2009年デザイン本部長就任。マツダブランドの全体を貫くデザインコンセプト「魂動」を立ち上げ、 多くのデザインアワードを受賞。2016年常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当。趣味はモータースポーツで、国際C級ライセンスを保有。著書に「デザインが日本を変える ~日本人の美意識を取り戻す~」(光文社新書)がある。

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