SNSで大炎上?電動キックスクーター新法のホントのところ

Aug 18,2023report

#New_law

Aug18,2023

report

SNSで大炎上? 電動キックスクーター新法のホントのところ

文:
TD編集部 出雲井 亨

2023年7月1日に、改正道路交通法が施行された。大きなトピックは、電動キックスクーターの位置付けが変わったこと。「免許もヘルメットも不要になった」と多くのメディアで取り上げられたので、ご存知の方も多いだろう。一方で、「どのキックスクーターも免許なしでOK」とか「ゆっくりなら歩道を走っていい」など、まだまだ誤解も多く正しいルールが浸透していないのが現状だ。そこで本記事では、改めて新たなルールのポイントを解説する。

自転車以上、バイク以下。現行法の想定外の乗りものが現れた

さっそく、新法によって何がどう変わったのか、電動キックスクーターをはじめとする電動モビリティを中心に見ていこう。

まず、そもそも、道交法が改正された理由はなんだったのだろうか。
それは、これまでの法律で想定されていなかった乗りものが登場してきたからだ。中でもここ数年で電動キックスクーターやeバイク(電動自転車)といった電動モビリティが急増したことが背景にある、と筆者は考えている。

これまで、人々の短距離移動のためのモビリティといえば、もっぱら自転車や電動アシスト自転車だった。免許は不要で年齢制限もなく、練習すれば誰でも乗れる。
その上のクラスに属するモビリティは「原動機付自転車」だ。いわゆる原付バイクで、こちらは免許が必要になる。免許が取得できるのは16歳以上で、筆記試験や視力、聴力検査もある。自賠責保険の加入も義務付けられている。

電動キックスクーターをはじめとする電動モビリティは、その中間にある乗りものだ。サイズや重さは自転車に近く、速度域も自転車とほぼ同じ。一方で「人力を使わず走れる」という点では原付バイクともいえる。いわば「自転車以上、バイク以下」の存在である。

こういった新たな電動モビリティは、従来の枠組みでは「原付バイク」に分類されてきたが、現行法では想定されていなかった乗りものであり、法律が実態にそぐわないのは明らかだった。
そこで今回新たに、自転車と原付バイクの間に「特定小型原付(特定小型原動機付自転車)」という枠を新設し、電動キックスクーターをはじめとする電動モビリティの位置づけを明確にした、というのが大まかな流れだ。
従来は自転車も含めて交通ルールがあいまいで、取り締まりにくい状況にあった。今回ルールが明確化されたことで違法な機体やルールを守らない危険運転の取り締まりも進むことが期待される。

免許なし、ヘルメットなしで乗れるのは緑色のライトが光っている電動キックスクーターだけ

今回新設された「特定小型原付」の機体の条件について見てみよう。
まず「電動」であることが大前提で、エンジンで動く乗りものは特定小型原付枠には入らない。車体の大きさは長さ190cm x 幅60cm以下。これは一般的な自転車のサイズに準じている。

最高速度は時速20km。電動アシスト自転車は時速24kmまでアシストが認められているので、これも自転車を基準に設定されたと考えられる。車輪の数や車体の形は要件に含まれていない。つまり今後、3輪や4輪の特定小型原付が登場することも考えられる。

また特定小型原付には最高速度表示灯の設置が義務づけられている。前後どちらからでも見える位置に、緑色のライトをつける必要がある。話題になっている「免許なし、ヘルメットなし(努力義務)」で乗っていいのは、緑色のライトが光っている電動キックスクーターだけだ。こうした条件に合致する場合は、16歳以上という原付バイクと同じ年齢制限が設けられているが、免許不要で乗ることができる。

新ルールは規制緩和ではなく、自転車との統一

新法によって定められた走行ルールは基本的に自転車に近い。まずヘルメットは自転車同様「努力義務」とされた。よく電動キックスクーターは「免許もヘルメットも不要になった」「規制緩和だ」と言われることがあるが、「自転車と統一した」というのが実態だ。

走行場所は、原則として車道の左端。自転車道や自転車専用通行帯の走行も認められている。また「自転車を除く」と表示がある一方通行は逆走できる。3車線以上の道路で右折するときは、右折レーンに入るのではなく、自転車や原付バイクと同様に「二段階右折」が必要となる。

特徴的なのは歩道の走行に関するルールだ。原則として、電動キックスクーターは歩道走行はできない。ただし、最高時速を6kmに制限した歩道走行モードを備える機体(ややこしいが、これを「特例特定小型原付」と呼ぶ)に限り、歩道走行モードに切り替えれば走行可能となる。時速6kmというのは、電動車いすやシニアカーと同じ速度だ。

モードの見分け方は、前述の緑色のライト(最高速度表示灯)が常時点灯していたら(最高時速20kmの)通常モード、点滅していたら(最高時速6kmの)歩道走行モード。もし緑色のライトが常時点灯している状態で歩道走行したら、時速6km以下だとしても違反となる。
なお、通常モードと歩道走行モードは、停止しないと切り替えられない。これは見つかった瞬間に切り替えて取り締まりを逃れるような行為を防ぐためだ。

首都圏を中心に電動キックボードのシェアリングサービスを展開するLUUPでは、このルールを受けて最新の機体に「歩道ボタン」を備えており、切り替え操作により歩道走行も可能だ。ただし実際に試してみると、時速6kmでふらつかずに走行するのは意外に難しい。何より時速6kmは早歩き程度の速度なので、降りて押し歩きするのと大差ない。このため特定小型原付の電動キックスクーターの中には歩道走行モードを備えない製品も多い。LUUPの岡井大輝代表も「歩道走行は、路上駐車などで車道が通行できないときの緊急避難だと考えている」と話しており、普段から積極的に使うことはなさそうだ。

上:LUUPの最新の機体 下:歩道ボタン(筆者撮影)

結局、危険性はヘルメット着用の有無に左右される?

新法の施行から1ヶ月ほど経過し、SNSなどを中心に電動キックスクーターの危険性について懸念する声も多く見られるようになった。
改めて考えてみよう、電動キックスクーターは危ない乗りものなのだろうか。サイズや走行ルールが近い自転車と比べるのが適当だろうが、さまざまなデータや検証結果があり、現時点で明確にどちらの方がより危ないと言い切ることはできない。筆者も電動キックスクーターを複数台所有し、自転車も日常的に使っているが、「状況による」としか言えないのが正直なところだ。

例えば、英国の研究機関であるBMCの調査では交通事故のデータを分析した結果「Eスクーター(電動キックスクーター)のライダーは自転車ライダーよりも顔面や頭部の外傷が多い」という結果が出た。しかしこれは自転車と比べてヘルメット着用者が少なかったことに起因していると分析している。
一方、電動キックスクーターは事故の件数自体が少ないという分析もある。eスクーターの衝突事故は走行距離100万マイルあたり0.66件であるのに対し、自転車は100万マイルあたり3.33件あるというものだ。

2023年5月、JAF(日本自動車連盟)は電動キックボードの衝突実験を実施した。その結果によると、例えばダミー人形を乗せた電動キックボードを時速20kmでけん引し、高さ10cmの縁石に衝突させると、ヘルメット着用時で約1200、ヘルメット非着用時で約7700というHIC値が出たという。
同実験の記事によると、HIC値が1000を超えると脳損傷の可能性があり、HIC3000を超えると非常に高い確率で重篤な障害が発生するそうだ。センセーショナルな結果だけに、ネット上では「やっぱり危ないじゃないか」という声も見かけたが、実験内容をよく見ると、これはあくまでヘルメット着用時と非着用時を比べた実験であり、電動キックスクーター自体の危険性を検証したものではないことが分かる。
ダミー人形は受け身を取れないので、無防備なまま頭から道路に打ち付けられ、高い数値が出る。だが同じ転び方をしたときに自転車はどうなのか、歩行者だったらどうなのかまで比べないと、電動キックスクーター自体の危険性は評価できない。

実は同じ実験の中で電動キックスクーターと自転車を衝突させており(いずれもヘルメット着用)、その数値を見ると電動キックスクーターが142.5なのに対し、自転車は508.9と4倍以上の衝撃を受けている。これも転び方次第でまったく違う数値が出るだろうから、乗りもの自体の危険性を論じるには不十分だろう。

乗りものの特性と最低限の交通ルールを学ぶ場を

LUUPをはじめとするシェアリング事業者各社は、利用状況の詳細なデータをとっている。日本の交通状況における安全性はこうした調査によってはっきりと示されていくはずだから、現時点であれこれ議論するのは時期尚早かもしれない。

それを前提とした上で、一般的な電動キックスクーターの特性として言えるのは、「タイヤが小さい分、路面の凹凸や段差に影響されやすい」ということだ。サスペンションがない機体が多いため、より路面からの衝撃が大きく、ふらつきやすい傾向にあるように思う。
また立ち乗りで体がシートに固定されないため、重心が変化しやすいのも電動キックスクーターの特性だ。例えば下り坂でブレーキをかけることを想像してほしい。自転車ならシートにお尻を乗せているので意識せずとも自然に重心がある程度後ろに残る。だが電動キックスクーターはしっかり踏ん張らないと体が前に移動してしまい、簡単に後輪の荷重が抜けてしまう。
電動キックスクーターは手軽に乗れるモビリティだが、安全に走行するには最低限の知識とコツが必要だと言える。例えば「膝を少し曲げて衝撃を吸収する」「下り坂や減速時は少し体を後ろに引く」といったことを意識すると良いだろう。

一方で、電動キックスクーターにもメリットはある。例えば、乗り降りのしやすさだ。道が荒れていてバランスを崩しそうだったり、歩行者が多いといった状況ではさっと飛び降り、安全な場所まで移動して走り出す、といった行動がしやすい。またどんなにがんばっても(平地では)時速が20km以上は出せないので、制御できないほどの暴走にはなりにくいのもメリットだ。

ユーザーとして感じるのは、電動キックスクーター、自転車のどちらにも危険性はある。それぞれの乗りものとしての特性を理解し、最低限の交通ルールを知った上で乗るのが大事だということだ。

例えば小中学校で警察やメーカーなどによる自転車交通安全教室が開かれているように、電動キックスクーターについても、同様にその乗り方や交通ルールについて学ぶ機会が必要だろう。

安全な機体を選んで乗ろう

世界的に急速に普及した電動キックスクーター。日本でもネット通販などで海外製の安価な機体が購入できるようになった。筆者はこれまでいくつもの機体に試乗し、ときには実際に購入して試したが、「公道走行OK」とうたった機種でも保安基準を満たしていない製品があった。ブレーキが貧弱で下り坂でなかなか止まれないなど、中には安全性に大きな問題を抱えた機体もあった。

今回の道交法改正により、特定小型原付には、制動停止距離や車体の安定性、灯火類の明るさなどを含む保安基準が設定された。さらにこの基準を満たしていることを第三者機関が認定する「特定小型原動機付自転車の性能等確認制度」が創設された。公益財団法人日本自動車輸送技術協会(JATA)が認定を実施し、合格した製品には車体名・型式が記載されたシールが貼られることになっている(以下は国土交通省のHPより引用)。

認定された製品にはこのシールが貼られる

特定小型原付の電動キックスクーターを選ぶ場合、車体の安全性についてはこのシールが貼ってある機体を選べば安心だ。記事執筆時点(2023年8月2日)でシェアリング大手LUUPの機体やJEMPA(一般社団法人日本電動モビリティ推進協会)に加盟するSWALLOWE-KON、ホンダ発スタートアップのストリーモの機体など14モデルが認定を取得している。

特定小型原付は新たな「ラストワンマイル」の第一歩

電動キックスクーターは、いわゆる「ラストワンマイル」のための短距離移動の手段として有効だ。今後、日本社会がますます高齢化していく中で、免許返納後の移動手段としても重要になっていくだろう。その意味で、今回「特定小型原付」という枠が新設されたのは、新たなモビリティ社会への第一歩として大いに評価すべきことだろう。

もちろん、現在のタイヤが小さく不安定な電動キックスクーターは、高齢者が乗るのは難しい。だがニーズがあれば、高齢者が安心して乗れるようなモビリティも登場するだろう。というのも特定小型原付の保安基準では、サイズや最高速度は規定されているものの、形に関しては定められていないからだ。これは「必要以上に具体的な形を決めることで、将来出てくる可能性があるイノベーションを阻害しないため」(JEMPA理事長 / glafit CEOの鳴海禎造氏)でもある。座って乗るタイプや、3輪、4輪タイプ、屋根付きモデルも出てくるかもしれない。

実際に、電動モビリティの製造販売を手がける国内スタートアップのglafitは自転車タイプの特定小型原付を発表した。

glafitとHELLO CYCLINGが提携

一見折りたたみ自転車に見えるが、よく見るとペダルがあるべき場所にバイクのようなステップが装着されており、モーターで走行するしくみだ。同社はこれを「電動サイクル」と呼ぶ。シェアサイクル大手の「HELLO CYCLING」を展開するオープンストリートとタッグを組み、2024年1月から全国のシェアリング向けに提供していく予定だ。新たな乗りものである電動モビリティの可能性と現在地を、TDでは今後も追いかけていきたい。

 

この記事を読んだ方にオススメ