新学科を牽引する若杉教授に聞く「文系でも理系でもない学生たち」
若杉:めちゃくちゃ面白い学生が集まって来ています。新学科の入試には実技試験が一切ないことが話題になりましたが、デザインやクリエイティブなことに興味を持ちながら、技術のハードルを越えられないことにモヤモヤしていた高校生がこんなにもいたのかと(笑)。
彼らは、文系や理系という就職に直結した従来の区分はおかしいんじゃないかと気づき始めているんです。もちろん、その答えは親も進路担当の先生も分からない。そこで、美大なのに実技試験がいらないという新しい入り口を見つけた。面白いのは、1年次から非常に高いプレゼン能力を持っている学生が多いこと。また、基礎がない分、基礎課程でアートやデザインを学ぶと極めて自由な造形表現をするんですね。これはある意味期待どおりと言えます。

多くの人が、大学を卒業して実社会に出てみると、これまで学んだことがまったく役に立たないという現実に遭遇しますよね。同じようなことが、デザインの分野でも往々にしてあります。
このことには美大としても課題を感じており、実際にデザインを推進し得る体力を身につけるために、学生のうちに社会との接点を作っておこう、というのがそもそもの狙いです。
自分たちが考えたものを実際に販売して社会の目に晒し、評価を受ける。通りすがりの人に酷評されるくらいの環境が必要だと考えたんです。
本当にクリエイティブな力を試そうと思ったら、従来のように、ギャラリーに展示して知り合いだけを呼ぶような環境ではダメ。それにはやっぱり「店舗」しかないと考えたわけです。
モノから学びへ。無印良品とムサビの共通点は「実践の場を重視すること」
同社は「感じ良いくらし」をコンセプトに日用品を扱っているのですが、現会長の金井政明氏は、「いまやモノだけで感じのいいくらしなど出来ない」と言い切っています。
それを実現するには「学び」がもっとも大切で、地域社会での実践の場こそ必要だと。棚田づくりなどがいい例ですけど、単にCSRなどという話じゃなく、無印は人づくり、地域の産業づくりのための拠点であるべきとも語っている。こうした発想は、これまでのブランディング活動の延長上にあるわけで、そのベースがあるからこそ新学科との親和性があるんじゃないでしょうか。
そうですね。ただ僕らはもっと総合的なアプローチを考えていて、バリューチェーンの変化などといった大きな動きを見据えた「店舗の活用法」や「地域活性化」までを視野に入れた実験スペースとして見ています。これは人の行動や経済の流れまで包括的に考える、「広い意味でのデザイン」の実験です。
例えば、これは学生たちが自発的に行っているものですが、数名のムサビの学生が根津(文京区)の古い空き家を借りて、面白い取り組みをしています。2階は自分たちの部屋としてシェアし、1階には小さな図書館を設け、入り口付近にはアイスクリームの販売所を置いているんです。
オープンするとほどなくしてこの「お店」に子供たちが集まり、いまや地域のハブのような機能を持つようになった。アイスクリームの売り上げは一部、自分たちの収入にもなる。これはいわば事業のモデルケースとも言えます。
もしかしたら、近年増加している空き公務員宿舎や廃校などを利用して同様の試みをすると、新しい地域産業になるかもしれません。
これを研究テーマに動き始めている学生もいるんですが、そうした可能性はいくらでもあって、MUJIcomがその「出力ポイント」のひとつとなればと考えています。

実現するためには多くの機能が必要だからでしょうね。全体的なコンセプトデザインも必要だけど、現実的な話、流通や販売も必要だし、テクノロジーや人材も重要です。
これまでは同様の発想があったとしても、たとえばアートイベントのような1回限りの催しで終わっていました。しかし、それでは不足です。「365日持続可能な仕組み」にしていく必要がある。
クリエイティブイノベーション学科には新しい発想を持つ教授陣と学生がいて、そこに今回無印良品が加わることで、必要とされる機能が揃ったということだと思います。
いまやアート思考やデザイン思考は巷に溢れていて、美大以外の総合大学や理工系大学でも多くの専攻やコースを持つに至っています。しかし、それらの多くは、あくまでも産業側の発想に基づいていることが多いといえます。
―方、ムサビのような美大には造形やモノ作りの強固な土台があります。そういうスキルを身につけながら、新しいデザインや思考を発見し世の中に問うというバランス感覚を磨けるのが「美大ならでは」の面白さでしょうね。

※写真提供:株式会社良品計画
デザイナーとしてのモラトリアムの中にいた若杉教授がムサビに来た理由
僕は九州の大学を出てオフィス家具メーカーのインハウスデザイナーになりましたが、10年もしないうちに、次々に新製品をつくり、とにかく売り上げを伸ばすというサイクルに疑問を持ち始めたんです。特に家具のような商品を必要性も省みず作り続けるなんておかしいと。新しいデザインを考え、製品がメディアに載り、賞をもらうといった、デザイナーとしてはまあ夢のような世界に入ったのにもかかわらず、です。
そうしたモヤモヤの中でふと思い当たったのが「地域社会にこそデザインが必要とされているんじゃないか」ということでした。
そこで2001年頃から始めたのが、非営利で、かつ個人的な活動でした。お金をもらわない、つまり従来正義だと思われた「経済としてのデザイン」とは真逆の立ち位置で、地方を活性化するためにデザインを提供するという取り組みです。
これが発展して、2004年には「日本全国スギダラケ倶楽部」を設立しました。「日本中に杉のプロダクトを普及させる」というコンセプトを掲げた団体です。
賛同する仲間や企業の人々が集まってくれて、いまや倶楽部は会員2400名に24の支部を持つに至っています。
もちろん、地方で突然アートだのデザインだのと話をしても最初は「何だそれは」と訝しがられます。しかし、一滴のデザイン的な思考を落とし込むと地域の風景が変わるんですね。
この活動は会社にはまったく理解されなかったのでずっと個人の活動してやっていたのですが(笑)、18年間も続ける中で地元の木材を使った家具や地域でのデザイン活動が認められ、様々な自治体等から声をかけていただくことが増えてきたんです。非営利活動としてやっていく中でも、十分に持続可能なレベルで収益を出すことのできる団体になりました。
そうです。そうした、地域とのリレーション活動に大きな可能性を感じているときに、ムサビの井口博美先生から声を掛けていただいたのが、ここにきたきっかけです。
これまで美大は幅広いデザイン教育で多くの人材を輩出してきたけれど、それはあくまで仕事を獲得するためだった。しかし、これからは産業のためのデザインではなく、産業を作るためのデザイン活動を目指したい、そのために新しい学科を作りたい、と。
つまり、この学科は「クリエイティブ」を名乗っても広告業界やIT産業にとどまらず、イノベーションも農業や水産業を含めたもっと広い側面を見ている。そうであるならこの新学科には意味があるし、僕自身もお手伝いしたいと考えたわけです。
取材後記
今回の取材を通じて、「デザイン思考」の素養を兼ねそなえたクリエイティブ人材の育成は私たちが考えるよりもずっと大学教育の現場では身近なものであり、各大学が試行錯誤を重ねていることがわかった。
ちなみにムサビのクリエイティブイノベーション学科と良品計画による本格的な共創活動は新学科の1期生が3年次を迎える2021年からになるという。だからというわけではないが、一般的な「産学連携」とムサビが掲げる「共創活動」の違いについては現時点ではまだはっきりとわからなかったというのが正直なところだ。そこで若杉教授を訪ねた後、良品計画側が今回の取り組みをどのように見ているのか、あらためて聞いてみた。
同社は近年、さまざまな取り組みを行っている。たとえば、今年4月にオープンした「無印良品 銀座」では、関東近県の農家から仕入れた青果を販売している。ほかにも複合的なデザイン文化の発信基地としての「ATELIER MUJI GINZA」、無印良品の世界観を体現する新しい都心の宿「MUJI HOTEL GINZA」なども展開している。こうした展開は、若杉教授が語っていた「広い意味でのデザイン活動」にかなり近く、同社広報によれば、今回の「MUJIcom」では、産学共創によって同社が掲げる「感じ良い社会」の実現を目指すことに大きな意義があるという。
即ち、「店舗として消費者の暮らしに役立つサービスや商品開発に結び付けることも目指しているが、消費者とスタッフ、消費者同士の交流を進め、地域ごとのコミュニティの場となることに意義を見い出している」ということである。具体的には、大学と自治体や企業、地域との連携で生まれたものを社会実験として検証する「Open Market」を活用し、これを大学が企画・管理することで、従来にはなかったコミュニケートの場づくりを行う予定とのこと。さらに、Cafeスペースでは、講演やワークショップ、公開授業の開催など、可変性を生かした共創を予定しているという。
今回の取り組みが、定型的な既存の産学連携のイメージを飛び越えた実験装置になることを期待しつつ、今後も引き続き動向を見つめていきたい。
(了)


