90年代と現代のデザイナーが語る「日本企業のインハウスデザイン」35年間の歴史

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90年代と現代のデザイナーが語る 「日本企業のインハウスデザイン」35年間の歴史

文:
中 たんぺい

2025年3月15日(土)、日本デザイン学会・プロモーションデザイン研究部会が主催するシンポジウム「インハウスデザインの資産 これまでとこれから」が芝浦工業大学豊洲キャンパスのオープンラボで開催された。

シンポジウムは4部構成。1部では「1990年代のインハウスデザイン」というテーマのもと、日本企業でインハウスデザイナーとして奮闘していたOBが1990年代を振り返った。2部では、現在のインハウスデザイナーの役割について、三菱電機・東芝・日立・日産のデザイン部門のリーダー達が解説。3部では学生の質問をもとにフリーディスカッションが開催され、最後に静岡文化芸術大学名誉教授の黒田 宏治さんによる総括が行われた。当日の模様をレポートする。 

写真は全て編集部撮影

90年代と現代のインハウスデザインについて語り合うシンポジウム

芝浦工業大学・豊洲キャンパスのオープンラボに、約100名の学生や企業のデザイン部門関係者などが集まった。

日本デザイン学会・プロモーションデザイン研究部会は、1990年代のインハウスデザイナーが生み出した成果について研究を進め、2024年12月に学会誌「インハウスデザインが生みだした資産」を発刊した。本シンポジウムでは、学会誌の内容を紹介するとともに、現代のインハウスデザインについて語り合った。

プロモーションデザイン研究部会の青木史郎さんによる開会の挨拶

1990年代におけるインハウスデザインの振り返り

最初のテーマは「1990年代のインハウスデザイン」。1990年代に三菱電機・東芝・日立・日産のデザイン部門で活躍してきたOB達が当時を振り返った。

元・三菱電機株式会社/実践女子大学教授
安齋 利典さん

1982年から2005年まで三菱電機のデザイン部門で活躍していた安齋さん。1990年代の最も大きな組織の変化として、1994年に起こったデザイン研究所の2分割化を挙げた。家電などの一般顧客に近い製品群を子会社の株式会社デザインオペレーション21が担当し、FA機器などの特定顧客がいる領域と新規事業開発の分野をデザイン研究所が管掌したという。

「この体制で開発ができるのか不安になりました。ただ、不安をよそに、どちらのデザイン部門も独自の発展を遂げていきます。デザイン研究所ではヒューマンインターフェースデザインなどの技術が発展し、デザインオペレーション21は家電を中心に顧客志向を強めました」

その後、2001年には2つのデザイン部門が統合される。「それぞれが培った知見が融合し、現在の組織の基礎になりました。電機メーカーのなかでも独自の組織体制を築いた10年間だったと思います」とまとめた。

元・株式会社日立製作所
大澤 隆男さん

日立製作所で本部長を務めた大澤さんは、「1990年代は組織にマーケットインの文化が浸透した時期」と見解を述べた。その理由は、バブル期にデザイン本部が積極的に取り組んだ投資にあると解説する。

まず大きな要因となったのが、東京・青山にデザイン拠点を設けたことだ。交通アクセスが良い場所に拠点を構えることで社内外の関係者との接点が増え、インハウスデザイナーの意識や視野が徐々に拡張された。

次に心理学や情報工学を専門とした人材の採用を開始し、組織の多能化も進んだ。「外部からの刺激により、デザインの可能性の高さを実感した時期でした」と大澤さんは振り返る。

その後、日立製作所は顧客の問題や課題を聞き、解決策を実装するソリューションビジネスを開始する。ここでデザイン領域を拡張する取り組みが生きた。

「我々はソリューションビジネスをコミュニケーションのビジネスだと見立てました。サービス提供者が課題を聞いて、解決策を提案し、実装していくお客様との円滑なコミュニケーションが必要になりますよね。デザイナーが解決策を設計し、情報の編集や視覚化を積極的に行うことで、解決策を円滑に実行へ移せると考えました」

こうしてソリューションビジネスはプロダクトデザインと並ぶデザイン部門の主要な柱へと成長し、2005年以降はエクスペリエンスデザインの領域をデザイナーが担う時代へと突入する。

「1995年から2005年にかけてイノベーションを起こす力をだんだん身につけ、それ以降は新しいフェーズへ突入しました。振り返ってみると90年代はその転換期・仕掛かり期だったと思います」

元・株式会社東芝/静岡文化芸術大学名誉教授
河原林 桂一郎さん

1997年に東芝のデザインセンターで所長を務めた河原林さんは、東芝のデザイン部門の特異性について解説した。

「東芝のデザイン部門は事業部や営業部門、技術部門に属していたこともあれば、独立していたこともあります。いろんな部門を経験したことによって、営業部門のスタイルも技術部門のスタイルもわかる部門になりました。そのおかげでいろいろな共創も生まれましたし、デザインを重視する文化も育ちました」

その上でデザイン部門は独立部門としてなるべくトップ、社長に近いところに位置付けて活動しようというベクトルを持ち続けてきた。同部門がデザイン領域を拡大していく90年代においては、製品のプロダクトデザインだけではなく、企画や開発の初期から事業計画全体に関わるようになっていったという。

「まず、デザインの周辺領域にデザイナーが関与し、デザインの生み出す付加価値の拡大にも取り組みました。製造業の工程では企画、研究・開発、モジュールコンポーネント、組立・製造、販売、メンテナンスと進行します。従来のデザイン活動は、組立・製造工程が最も多くなるんです。一方で、開発工程の川上である企画、研究・開発と川下である販売、サービス、メンテナンスにおいてデザイン活動の付加価値は高くありませんでした。この2つの工程においてもデザイン活動の付加価値を高めようと試みました」

そして、当時の試行錯誤は現在、少しずつ新しい形になって芽を出しつつあると締め括った。

「デザインは、デザイナーが中心となって活動してきました。ただ、時代の流れとともに、協創のプラットフォームのような、みんなを巻き込む役割を担うようになりました。こうした変化は、デザイナーの役割が拡張し続ける現代でも活きていると思います」

元・日産自動車株式会社/筑波大学・札幌市立大学名誉教授
蓮見 孝さん

蓮見さんは自動車会社のカーデザイナーという立場で1990年代を振り返った。自動車業界の90年代は、グローバル化が進み、国際的なデザインネットワークが形成された時期でもある。その結果、興味深い事例が生まれたという。

「1980年代に日産はBe-1というレトロなデザインの自動車を発表しました。Be-1は国内だけではなく海外でもブームを巻き起こし、似たようなデザインの自動車も登場しました。BMWのminiやフォルクスワーゲンのビートル、フィアットのフィアット500などがその代表例です」

世界各国で同じ方向性のデザインが流行していることを受けて、蓮見さんはカーデザインにおける一つの見解を述べた。

「単なる生活道具である自動車が後から振り返った時に、時代を象徴するモノリスになるんですよね。カーデザインには機械を象徴的人工物に変える力があるのだと思います」

抽象化と拡大が続くインハウスデザインの役割

第2部では2025年のインハウスデザインを牽引する「いま」のデザイナーたちが登壇。拡張し続けるデザイナーの領域について、それぞれの見解を述べた。

日産自動車株式会社
グローバルデザイン本部専務執行役員
アルフォンソ・アルベイザさん

グローバルデザイン本部エグゼクティブ・デザイン・ダイレクター
田井 悟さん

日産自動車からはグローバルのデザインを統括するアルベイザさんとデザインの取りまとめ役を担う田井さんが登壇した。まず、日産自動車のデザインフィロソフィーを映像で紹介。「世界を今ある姿ではなく、あるかもしれない姿で捉える」、つまり想像力を駆使して今までなかったものを創ることを目指していると解説した。その上で、日産自動車のデザイナーがクルマ以外の分野で挑戦しているデザインについて説明した。

例えば、ジャパンモビリティショーの展示では、基本的なアイデアやストーリーからブースのデザインまでをインハウスで制作したことを紹介。空間設計においても高いデザイン力を発揮していることに、参加者は驚きの表情を見せた。

「これからの時代のクルマのデザインは、もっとマルチにいろいろなことができるようにならないとできないだろうという仮定のもと、様々なチャレンジをしながらインハウスデザイナーの人材育成に取り組んでいます」(田井さん)

そして、デザインを統括するアルベイザさんが学生に向けてエールを送った。

「インハウスデザイナーは会社を深く理解できる立場にあります。だからこそ、自由な発想で会社に提案し、受け入れてもらうことができるのです。学生の皆さんは、メーカーにデザイナーとして入社するのはそういうことだと深く理解して進路を考えてください。そして入社したら、ぜひ驚くようなアイディアを次々と生み出してください」

三菱電機株式会社
統合デザイン研究所 所長 長堀 将孝さん

1993年に新卒で入社し、現在、総合デザイン研究所の所長を務める長堀さん。インハウスデザイナーの役割について「自社商材やブランドの意味的価値を高めること」と見解を述べた。

「課題が複雑化し、未来の不確実性が高い時代なので、デザイナーの役割も変化しています。以前はプロダクトデザインの業務が多かったのですが、現在は新事業やサービスも一緒に考えてほしいという要望を受けることが増えました」

抽象的な依頼が増えるインハウスデザインの業務で重視しているのが、企業だけではなく未来の社会課題を意識すること。「未来の事業内容を考えるきっかけを作っています」と語った。

長堀さんは「我々は約15万人が所属するグループ企業の中で150人弱しかいない小さな組織です。予算も多くはありません。取り組めることの規模が小さいため、もし失敗したとしても会社全体に与える影響は大きくありません」と組織について語る。そしてコンパクトな組織だからこそ思い切ったチャレンジができると、その利点を強調する。例えば、人口減少が進む自治体と共同で新しい事業開拓にも取り組むなど、三菱電機におけるデザイナーの領域は拡大しており、「積極的に三菱電機の事業領域を探究しています」とその役割を説明した。

株式会社東芝 DX・デザイン&コミュニケーション部 デザイン統括室長
富岡 慶さん

東芝のデザイン統括室で室長を務める富岡さんは、「東芝のデザイン統括室の役割は事業部門とともに価値を作ること」と説明した。東芝のメイン事業には発電システムを手がけるエネルギー事業と上下水道などを提供するインフラ事業が含まれる。社会と密接に関わる事業のため、三菱電機と同様に社会の未来を予測し、技術で社会課題を解決することが求められているという。

「社会課題は複雑化していますし、デジタル化が進み、データのつながりも増えています。世界の変化も早く、従来の方法を継続していると対応できなくなります。この状況で新しい価値を作るには、未知の課題を解決することに有用なデザイン思考をビジネスパーソンが持たなければいけないと考えています」

東芝のデザイン部門ではカスタマーバリューデザインという手法を用いて、顧客と一緒に価値を創出する活動に取り組んでいる。現在の目標のひとつは、この手法を社内の各部署に浸透させ、これを活用し新たなイノベーションを起こすことだ。そのために、単なるデザイン集団ではなく、「インハウスのコンサルティング集団」への進化を目指していると語る。

「製品やサービス開発における戦略策定の支援からブランディング、顧客とのコミュニケーションまでを活動の領域としています。この中でも、今後は特にビジネスプロデュースをデザインの観点から実践したいと考えています。特に新規事業のゼロイチのフェーズにデザインの力をもっと活用できないかと日々検討をしています」

株式会社日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ センタ長
谷崎 正明さん

日立製作所の国内におけるデザイン組織は、ビジネス部門としてDesignStudioがあり、研究開発グループにはデザインセンタが属している。その役割は、テクノロジーとデザインを組み合わせて新たな価値を社会に提供することだ。「家電から、システムやITへと領域が広がるに伴い、現在私たちは「社会の変化や移り変わり」をデザインするようになりつつあります」と谷崎さん。業務の具体例として、家電量販店での店舗業務のDX、社会インフラをデザインする台湾の鉄道のプロジェクトについて解説した。

さらに、未来の社会のデザインについて、サーキュラーエコノミーの世界を描くことにも取り組んでいる。「ビジョンだけではなく、社会をどのように回し続けるのかを考えるのが現在の課題です」とまとめた。

デザイナー陣が学生からの質問に率直回答

3部では、学生からの質問に登壇者がそれぞれの立場で回答した。最初の質問は「90年代のデザイン活動における失われたものと得られたもの」。登壇者がそれぞれ意見を述べた。

元三菱電機・安齋さん:三菱電機は、部門が別れて、統合したのですが、失われたものはあまりないように思えます。デザイン研究所はインターフェースデザインなどの技術が発展しましたし、分社化したデザインオペレーション21はユーザーを中心としたデザイン開発の力を磨きました。統合したことで相乗効果も生まれました。

三菱電機・長堀さん:三菱電機の現状を見ると、分割後の統合でより文化が発展したように思えます。

元日立・大澤さん:90年代はデザイナーの役割が拡大し、色々な部署と共同でプロジェクトを進めるようになりました。そのことでリーダーのストレスは高くなったのかなと思います。

日立・谷崎さん:デザイナーと他の部門との文化は少し異なりますよね。例えば、エンジニアなどの技術系の方々がディスカッションするとき、実現性を考慮してアイデアの不備な点を指摘するため否定的に聞こえる発言が多くなり、また毎回の議論で再現性を重視します。一方のデザイナーは毎回の議論でオリジナリティを発揮することを優先して肯定的な意見を言う文化なので、ギャップが生じることはあります。

元東芝・河原林:デザイナーは社内で独立した存在ですよね。社内での影響力はそれほど大きくはないのですが、新たな価値を生み出すためにナビゲーションをする機能を発揮しやすいポジションでもあります。

東芝・富岡さん:デザイナーの特徴の一つに「困っている人を助けたい」というものがあります。社内においては、プロジェクトに一緒に取り組む意識があったように思います。

日産・田井さん:デザイナーに大事なのは変換能力だと思うんですね。ある形を見た時に、音楽や食べ物でこうなるかもと考えられることが重要です。ボキャブラリーをたくさん備えて、抽象と具体を行ったり来たりすることで、新しいニーズを理解し、形にできると思います。

他にも「企業の中で求められる理想のデザイナー像について教えてください」「これからのデザイナーにとって大切なことは何でしょうか」など、未来を見据えた質問が学生から挙がり、それぞれの立場から意見を語り合った。

過去と未来が交差するシンポジウム

シンポジウムは当初の予定終了時刻を30分以上オーバーするほど白熱し、最後に実行委員の黒田 宏治さんが締めくくった。

「日本のデザイナーの約70%はインハウスのデザイナーです。いつもは表舞台に出てきませんが、その活動の実態が見え、次の時代のデザインの方向性が少し明らかになったような気がします」

終了後は、登壇者と学生の懇親会に突入。盛況のうちに幕が閉じた。

今回のシンポジウム主催者である芝浦工業大学の蘆澤雄亮教授より、以下のコメントが寄せられた。

今回の参加者の年齢構成は、10代が5%、20代が41%、30代・40代・50代がそれぞれ13%、60代が10%、70代が4%となっており、20代を中心に、比較的幅広い年代の方々にご参加いただきました。また、全体の約半数は企業に所属する方々であり、学生の参加も多く見られました。昨今、産学連携のあり方が問い直されるなかで、本イベントはその「これからの姿」を示唆するようなものだったように感じます。

一方で最近、「デザインを学ぶって、どういうことなんだろう?」とか「デザイナーって、社会の中でどんな存在であるべきなんだろう?」といった問いを、個人的に強く意識するようになりました。要するに「デザイナーはこの世の中においてどのような存在であるべきか?」という問いです。これまでも「現状を受け入れつつ、未来をポジティブに構想し、新しい選択肢を描く」ことがデザイナーの役割なんじゃないかと、ぼんやり考えてはいたのですが、今回のシンポジウムを通じて、その考えにしっかりとした確信が持てるようになりました。

やはり、デザインの本質的な魅力は「常にポジティブであること」にあるのだと思います。思い返せばTim Brownもそんなふうに語っていたし、ドイツ工作連盟の姿勢にも共通するものがありました。そう考えると、デザインはこれまでも、そしてこれからも、ポジティブな力であり続けるんだろうなと感じます。それこそが、デザインのあるべき姿なんじゃないでしょうか。

このような確信を抱くきっかけとなった今回のシンポジウムは、大変刺激的で有意義なものでした。開催にご尽力くださった皆様に、心より感謝申し上げます。率直な意見を交わしながら議論できる場として、やはり学会の存在は貴重だと感じています。今後も、こうした取り組みを学会のなかでさらに発展させていければと願っています。

日本デザイン学会は6月27日から29日にかけ、札幌市立大学で春季研究発表大会を開催する。テーマは「くんずほぐれつ、デザインする」。非会員も参加可能だ。

 

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