【連載】書体デザイナーが生み出す、究極の「ふつう」vol.1 水のような、空気のような書体

May 18,2018interview

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May18,2018

interview

【連載】書体デザイナーが生み出す、究極の「ふつう」 vol.1 水のような、空気のような書体

文:
TD編集部 平舩

個性的で特徴のある書体ではなく「ふつう」の本文用書体にこだわり、文字を作り続ける、書体設計士・鳥海修(とりのうみ・おさむ)氏へのインタビュー。その名を知らずとも、私たちは彼が手がけてきた文字を無意識のうちに使ったり読んでいたりする。第一回目は代表作である「ヒラギノ」と「游明朝」について、そして彼がこだわる「ベーシック」のつくり方について聞いた。

グラフィックデザイナーの一言から生まれた「ふつう」の書体

ヒラギノが完成する頃、制作開始されたのが「游(ゆう)明朝体」。2002年に発売されたこの書体は、初の字游工房さんの自社フォントとのこと。制作のきっかけはなんだったのでしょうか。

当時は写植・版下とDTPの利用率が逆転した頃。DTPはどんどん広がっているのに、写植で使えた書体でもDTPで使用できないものが多くて。
そんな時に、グラフィックデザイナーの平野甲賀さんから「最近は良い書体が少なくてデザイナーも編集者も困っているから、小説を『ふつうに』組める書体を作ってみたらどうか」と言われたんですよ。
すごくワクワクするアイディアでしたね。当時社長だった鈴木さんも一緒に聞いていたのですが、同じ思いだったみたいです。いつもなら熟考するのに、この時は「やる」って即答。そうしてできたのが游明朝体で、「藤沢周平を組む」をコンセプトにして作りました。

游明朝体(字游工房ウェブサイトより)

ずっと手がけたかった、自分たちの「ベーシック」

それまで手がけていた書体は、全てクライアントから依頼を受けて制作したものでした。そのため書体の目的もはっきりしていて、目的に合わせてクライアントが満足するものを作るという感じだったんです。
例えば、ヒラギノ明朝体は、情報誌やパンフレットなどの比較的文章量の少ない情報を組むというのがコンセプトでした。
クライアントの要望に応えるスタイルの仕事は、それはそれで、とても心地良いものでした。

一方で、字游工房を設立した時からずっと「自分たちが作った書体を、自分たちで売りたい」とも思っていました。それを最初に実現できたのが、この游明朝体だったんです。

今回の原稿はもちろん游明朝体で。この書体を生み出した方の話を書いていると思うとなんだか不思議な気分。
游明朝体をはじめとして鳥海さんが目指す「水のような、空気のような文字」とは、どんな書体なのでしょう。

一言で表すなら「ベーシック」です。個性を主張するのではなくて、安心して読める「ふつう」な書体。私は明朝体がそれにあたると思っているけど、最近はスマートフォンやタブレット端末で文字を読む人が多くなってきて、明朝体だけでなくゴシック体の方が親しみやすいと感じる人も多くなってきましたね。文字を読む環境が変われば、書体のデザインも変わっていくのは必然です。

そういった中で、土台として位置付けられるような書体づくりを目指したいと思っています。他の書体とも比較しながら、この場面ではこちらが使えるな、とか、そんなことを僕たちが手がけた本文用書体を通じて考えてほしい。そういった「基準」になるベーシックな書体を作るのが僕たちのこだわりです。

「游明朝体 R」の組見本。「文字を意識せずに読める」奇をてらわないデザインを目指した、とのこと。
字游工房ウェブサイトより)

 

「ベーシック」のつくり方

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