グラフィックデザイナーの一言から生まれた「ふつう」の書体
当時は写植・版下とDTPの利用率が逆転した頃。DTPはどんどん広がっているのに、写植で使えた書体でもDTPで使用できないものが多くて。
そんな時に、グラフィックデザイナーの平野甲賀さんから「最近は良い書体が少なくてデザイナーも編集者も困っているから、小説を『ふつうに』組める書体を作ってみたらどうか」と言われたんですよ。
すごくワクワクするアイディアでしたね。当時社長だった鈴木さんも一緒に聞いていたのですが、同じ思いだったみたいです。いつもなら熟考するのに、この時は「やる」って即答。そうしてできたのが游明朝体で、「藤沢周平を組む」をコンセプトにして作りました。

ずっと手がけたかった、自分たちの「ベーシック」
それまで手がけていた書体は、全てクライアントから依頼を受けて制作したものでした。そのため書体の目的もはっきりしていて、目的に合わせてクライアントが満足するものを作るという感じだったんです。
例えば、ヒラギノ明朝体は、情報誌やパンフレットなどの比較的文章量の少ない情報を組むというのがコンセプトでした。
クライアントの要望に応えるスタイルの仕事は、それはそれで、とても心地良いものでした。
一方で、字游工房を設立した時からずっと「自分たちが作った書体を、自分たちで売りたい」とも思っていました。それを最初に実現できたのが、この游明朝体だったんです。

一言で表すなら「ベーシック」です。個性を主張するのではなくて、安心して読める「ふつう」な書体。私は明朝体がそれにあたると思っているけど、最近はスマートフォンやタブレット端末で文字を読む人が多くなってきて、明朝体だけでなくゴシック体の方が親しみやすいと感じる人も多くなってきましたね。文字を読む環境が変われば、書体のデザインも変わっていくのは必然です。
そういった中で、土台として位置付けられるような書体づくりを目指したいと思っています。他の書体とも比較しながら、この場面ではこちらが使えるな、とか、そんなことを僕たちが手がけた本文用書体を通じて考えてほしい。そういった「基準」になるベーシックな書体を作るのが僕たちのこだわりです。

(字游工房ウェブサイトより)


