「ベーシック」のつくり方
共通していますね。例えば、私が書いた文字を見て、格好良いとか格好悪いとか、みなさんにもなんとなく分かるわけですよ。その感覚が一人一人違うかというと、実は同じなんです。全く一緒にはならないけどほぼ一緒なんですよ。
授業や講座などで「あ」という文字を8種類くらいの書体で組んだものを見せて「この中でどれが一番好きですか。手を挙げてください」と尋ねると、同じところに集中するんです。ということは、みんな文字の形に対する共通の感覚を持っているんです。
これは明朝体に限定しますが、まずこだわっているのは「手書き感」ですね。単に手書きするのではなく「書いたように見える」ことが大事だと思っています。なのでコンピューターで書いたように見える文字は、良くないと感じます。
2年前に北京の漢儀(ハンイ)というフォントベンダーのコンテストの審査員をした時、中国の審査員と一緒に作品を見て回ったんですが、彼らも大体同じ考えでした。コンピューターで書いた線は、堅くて駄目だ、と。
特に中国語は漢字ばかりで文字の大半が直線部分なので、コンピューターで書いた書体が分かりやすいんです。逆に日本の仮名は、直線がほぼ無いんです。それはそれで、すごく難しいことなんですけどね。
中国の北京、漢儀社のタイプデザインコンテスト「字体之星」の審査に行ってきました。応募作品数は2000弱。2年前の前回よりも確実にレベルアップしておりました。 pic.twitter.com/QWEJDtmUpl
— 鳥海 修 (@torino036) 2018年4月17日
それからもう一つ、すごく意識するのは「歴史」です。
美しいと思う感覚の根っこにあるのは、過去に見た文字。例えばお母さんやお父さんの文字だったり、教科書で見た文字だったり、書道で習った文字だったり……。
日頃意識していなくても、過去から受け継がれてきた「美しい文字」「良い文字」の影響は確実に受けていると思います。
ですからそういった意味では昔の資料に目を通すこともあります。書の世界には、ずいぶん昔の資料もたくさん残っています。これらは「良い文字」だから今でも残っているんです。
そういうものの積み重ねの上で私たちが文字を目にしているんだと思うと、過去を無視した作り方はできない。歴史を意識しなければ、ベーシックな書体は作れませんね。

次回はもう一歩踏み込んで「文字を作る力と見る力」について聞いていきます。
※次回「書体デザイナーが生み出す、究極の「ふつう」」vol.2 は5月25日の更新予定です。

鳥海 修(とりのうみ・おさむ)
1955年山形県生まれ。多摩美術大学GD科卒業。1979年株式会社写研入社。1989年に有限会社字游工房を鈴木勉、片田啓一の3名で設立。現在、同社代表取締役であり書体設計士。株式会社SCREENホールディングスのヒラギノシリーズ、こぶりなゴシックなどを委託制作。一方で自社ブランドとして游書体ライブラリーの游明朝体、游ゴシック体など、ベーシック書体を中心に100書体以上の書体開発に携わる。2002年に第一回佐藤敬之輔顕彰、ヒラギノシリーズで2005年グッドデザイン賞、 2008東京TDC タイプデザイン賞を受賞。京都精華大学客員教授。著書に『文字を作る仕事』(晶文社刊、日本エッセイスト・クラブ賞受賞)がある。


