【連載】書体デザイナーが生み出す、究極の「ふつう」vol.2 色気を出すと、文字にも色気が出てしまう

May 25,2018interview

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May25,2018

interview

【連載】書体デザイナーが生み出す、究極の「ふつう」 vol.2 色気を出すと、文字にも色気が出てしまう

文:
TD編集部 平舩

個性的で特徴のある書体ではなく「ふつう」の本文用書体にこだわり、文字を作り続ける、書体設計士・鳥海修(とりのうみ・おさむ)氏へのインタビュー。今回は書体制作の具体的なプロセスと、難しい点、そして果てしなく続く作業の中でモチベーションを保てる理由について聞きました。

色気を出すと、文字にも色気が出てしまう

文字を作るという果てしない作業の中で、嫌になる時はありませんか。

この仕事って修行だからね。文字を作るっていうのは、人生そのものですよ。自分の生き方がここに反映されていると思う。
だから、色気を出しちゃったりすると、文字にも色気が出てきちゃうんですよ。フラットになろうとまでは思っていないけど、自己主張はしないように常に心がけています。

デザイナーなのに自己主張をしない、というのは究極的に矛盾している気がします(笑)。

うーん、というより、私の中で自己主張っていうものが気持ち悪くて、あまり好きじゃないんです。大学ではグラフィックデザイン学科に入学したけれど、企業の広告を担うグラフィックデザイナーの仕事って、あまり好きになれなかったんです。

僕が大学生だった頃は東京の空は真っ黒で、PM2.5どころの騒ぎじゃありませんでした。山形の庄内平野から出てきた僕にしてみたら、こんな所に住めるのか? と思うくらい、とても汚い街でした。
公害問題はすごく深刻だったのに、広告はすごく盛んで、それを生むデザイナーはなんだか派手な人っていうイメージがあって。当時は公害を生み出す企業の宣伝を請け負うのが広告だと考えていたので、その世界に入ることに魅力を感じなかったし、そういった世界でやっていく自信もありませんでした。

そんな時に、大学の「文字デザイン」というゼミの篠原榮太先生に引率されて見学に行った毎日新聞の本社で、文字を作っている「フォント製作課」の人たちを見てね。のちに「小塚明朝」「小塚ゴシック」などを手がけた小塚昌彦さんが案内をしてくださったんですが、その時にすごく衝撃を受けたんです。「こんな世界があるんだ、ここだったらできる」って。
活字という地味な存在は「主張しないデザイン」であるがゆえに文章が自然に読めて内容がこころに入っていく。デザインの世界にもこういうものがあるということがカルチャーショックだったんです。

その時から、将来は文字を作る仕事をしようと決めて、卒業後、写研に入社しました。写研では10年間ほど働いて、そこから字游工房を立ち上げて。自己主張をせずにもう30年ほど、文字と向き合い続けています。

文字の現場で様々な人を見てきたと思いますが、どんな人が書体デザイナーに向いていると感じますか?

忍耐力があれば誰でも大丈夫だと思います。
例えば、約14,000字の漢字を1人で作るというのはほぼ不可能です。仮に1人でやったとして、3〜4年ほどはかかる上、完成しても、最初に作ったものと最後のものを比べると、うまく合わなくて最初に作ったものを直したいと思うんじゃないかな。

新人の頃は、こういった「いつまで経っても完成しない」っていう無限ループにはまってしまう。それでもやり続けて、なんとか良いものに仕上げなきゃいけないので、忍耐力は大事ですね。

忍耐力以外に挙げるなら、デッサン力が大事です。例えば、「宀(うかんむり)」と下にぶつかる部分の空間を、全部同じに見えるようにして、と、いう指示を出したとします。そうするとたまに、「同じに見えることってどういうことですか?」って言われてしまうことがあるんです。
「ああ、デッサン不足かな。これは進まないな」って思ってしまいますね。

これらの「宀(うかんむり)」は、一見同じに見えるけど、実は全部、微妙に違います。縦画が長かったり短かったり、下に来る画を踏まえて1つずつ設計しているんです。一般の人は、「宀(うかんむり)」を一つ作れば、それを他のものに当てはめて作れば良いと考えるかと思うのですが、実際はそんな風にスムーズにはいかないんです。

一見、同じように見える「宀(うかんむり)」。
しかし、近づいて観察してみると少しずつ違いが見えてくる。
辛くなってしまう時はありませんか。

社長業として辛いなと感じる時はありますが、それ以外で辛いことはありませんね。文字だけ作らせてもらえるのであれば、本当にうれしいな。いつまででもやりたいって思っています。 

 
本文用書体の価値をわかってくれる人は神様に見える

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