【連載】書体デザイナーが生み出す、究極の「ふつう」vol.3 明朝体が「怖い」と言われる時代

Jun 01,2018interview

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Jun01,2018

interview

【連載】書体デザイナーが生み出す、究極の「ふつう」 vol.3 明朝体が「怖い」と言われる時代

文:
TD編集部 平舩

書体設計士・鳥海修(とりのうみ・おさむ)氏へのインタビュー。最終回では、書体のこれからについて、考えを聞いてきた。iPhoneやApple Watchといった新しいデバイスがどんどん登場する今、書体にはどんな変化が求められるのだろうか。

文字もエンジニアと一緒に作る時代

時代の変化に伴って、これからは書体に求められるものが少しずつ変わってくるかもしれませんね。

今と昔の書体制作を比較した時に最も特徴的なのは「エンジニアリングが欠かせない」という点です。
書体制作の工程では、作った文字をデータ化して使えるように設定する作業が必要です。OpenTypeというフォントフォーマットには詰めデータなど様々な機能が入っており、それらを書体と紐付ける作業も発生します。とにかく、文字をデザインできるだけではどうしようもない時代になりました。

しかし面白いこともぐっと増えましたね。例えば嵯峨本フォントっていう書体。字游工房のエンジニアと外部の方数名で作った書体なのですが、これを使ってテキストを打つと文字同士が繋がるんです、すごく素敵に。

今、書体制作に必要なのは、発想力や想像力とエンジニアリングの技術。頭の中で考えているアイディアを可能にできるかどうかもエンジニアリングスキルにかかっている。新しい挑戦をする上で、エンジニアリングの技術は不可欠だと感じますね。

鳥海さんがTwitterで投稿された嵯峨本フォントの画像。
「たのしいのか、おもしろいのか、つまらないのか、かなしいのか、わかりません」と書かれているという。
エンジニアリングの技術を用いて表現の自由度が増す分、今まで以上に柔軟な発想と広い視野が必要になってきそうですね。

そう思います。実は3年ほど前に、Apple・Google・Microsoft・Adobeが共同で開発したウェブフォントが発表されたんですよ。
これは1つのフォントファイルを使って文字を拡大することなく太さや幅などを無限に変形することができる新しいタイプの書体です。これまでは細い書体から太い書体までウェイト(太さ)がいくつかあったわけだけど、このフォントならレバーのようなツールを使って、自由に太さなどを調整できるんです。こういった新しいスタイルのフォントは「バリアブルフォント」と呼ばれています。

「バリアブルフォント」ですか。なんだかフォントの概念自体が変わってきそうな話ですね。

ですよね。iPhoneApple Watchといった小さなデバイスが普及したからだと思います。小さなデバイスに、太さのバリエーションをいくつも備えた複数の書体を入れるとデータが重くなるじゃないですか。だから、なるべく少ないデータ容量で適切な太さを選べるようにしようと各社が提唱したんです。

ただ漢字は非常にハードルが高いようです。アルファベットは既に使われ始めているようですが、和文はもう少し時間がかかりそうですね。

レバー操作で太さや幅を簡単に変形させることができるウェブフォント。

文字が歩んでいく、これからの道とは

書体を取り巻く環境は変化し続けています。これからの書体業界はどのようになっていくのでしょうか。

ウェブと印刷、軽い書体と重い書体。
この両方がそれぞれの道を歩んでいくんじゃないかなって思います。
さっき言ったように1つの字母で全てをまかなうということではなく、使われる用途に応じて細分化されていくのではないでしょうか。私たち作り手も、そういった点を踏まえていかなくてはと思いますね。

ウェブデザインでは、バリアブルフォントのようにバリエーションがあって軽い書体のニーズが高まってくると思います。しかし高解像度の書体も必要とされ続けると思いますよ。印刷だって規模としては小さくなるかもしれないけど、まだまだ生き残りますからね。

それから先ほどお話しした、エンジニアリングとの融合ですね。書体デザイナーが単独で制作して提案するのではなく、デバイスの開発側と一緒に開発していくことが必要になってくるような気もします。今後は共同してフォントを開発するような仕事が増えてきそうですね。

最後に、未来を担っていく若手デザイナーたちへメッセージをお願いします。

少し古臭く感じられるかもしれないけれど、とにかく基礎と歴史をしっかり学んでください。それらは間違いなく学んでおくべきだと思います。
例えばこの「書道全集」には、悪い文字は載っていない。良いから残っているんですよ。書道なんて書体デザインには関係ないと考えている人もいるけれど、自分が良いと思っている書体だけが良い書体ではない。

ある大学での書体制作の授業中、紙とペンしか使わない学生がいたんです。私が字書を見てみたら? と、目の前に置いたのに開きもしなかった。
「今まで自分が書いたことのないような文字も見た方が良いよ」と言ったのですが、耳を傾けてくれなかった。これはとても、もったいないことをしていると思います。

「こんな文字がいいの?」というものでも、別の見方をすると歴史的にすごく意味がある文字だったりするんです。そういったことを理解することが結構大事なことなんじゃないかなって感じるんです。これは書体デザイナーに限らず、グラフィックデザインでもプロダクトデザインでも、カーデザインでも、同じではないかな。

私も大学時代はそんなこと全然知らなかったけどね。写研に入社して書道を少し習い始めてから「これ、とんでもない文字だと思っていたけど、今見ると良いなぁ」という風に感じ始めてくる。そういう瞬間に書体デザイナーとしての自分の幅が広がるじゃないですか。

若い時に基礎を学び、たくさんのものを見て、刺激を受けて、どんどん吸収してほしいです。そうすれば、想像以上に自分の力を広げられるはずです。

本文用書体のスタンダードを次々に生み出してきた鳥海さんが、新しい時代の書体制作にも意欲的に取り組んでいることにすごくワクワクしました。鳥海さんが手がけている新しいウェブフォントも使ってみたいです! ありがとうございました。

鳥海 修(とりのうみ・おさむ)

1955年山形県生まれ。多摩美術大学GD科卒業。1979年株式会社写研入社。1989年に有限会社字游工房を鈴木勉、片田啓一の3名で設立。現在、同社代表取締役であり書体設計士。株式会社SCREENホールディングスのヒラギノシリーズ、こぶりなゴシックなどを委託制作。一方で自社ブランドとして游書体ライブラリーの游明朝体、游ゴシック体など、ベーシック書体を中心に100書体以上の書体開発に携わる。2002年に第一回佐藤敬之輔顕彰、ヒラギノシリーズで2005年グッドデザイン賞、 2008東京TDC タイプデザイン賞を受賞。京都精華大学客員教授。著書に『文字を作る仕事』(晶文社刊、日本エッセイスト・クラブ賞受賞)がある。

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