100年間変わっていない時計のデザイン
次に登壇したのはセイコーインスツル(SII)の石原悠氏。同社はさまざまな電子機器・精密機器を手がけており、グループ会社のセイコーウオッチが販売する腕時計の開発・製造もそのひとつだ。

石原氏が初期に携わった製品は、覚えている人も多いだろう、2003年に発売された腕時計型のPHS、WRISTOMOだ。Apple Watchが登場するより12年も前のことで「少し早すぎた」と石原氏。その後、電子辞書や携帯端末、決済端末、シェーバー、さらに世界陸上などで使われる競技用の計測機器など、多彩な製品の開発に携わってきた。

そして5年前から腕時計のデザインへ。アナログ時計、デジタル時計、Grand Seikoなどの高級機械式時計、さらに機械式時計のムーブメントのデザインにも関わっている。今回は、その腕時計のデザインがテーマだ。
セイコーが腕時計を作り始めて100年以上が経っている。その間、性能が向上したり、素材が変わったりはしているが、基本的な構成はほとんど変わっていない。100年もの間、同じように作り続けているのが腕時計なのだ。
腕時計のデザインは差のかたまり
そんな腕時計のデザインを、石原氏は「差のかたまり」と表現した。
まずは「視差」。腕時計は身につけるものなので、薄さや重さといったサイズ感が物理的ストレスに直結する。だからサイズ感の表現は、デザインする際にキモとなる部分で、寸法以上に薄く軽く小さく見せるようなテクニックも必要だ。

次に「公差」。ここからが時計業界ならではの話になる。
公差とは、製造、組み立て時に発生してしまうズレのことだ。
デザイナーの頭の中に完璧な完成図があったとしても、それをそのまま造れるとは限らない。どのような作業を経て時計ができあがるのかを把握し、それを見越してデザインする必要がある。
腕時計のデザインは、わずか直径4cmの中をデザインする作業。寸法の単位は1/100mmとなる。当然、製造による限界も出てくる。そこで重要になるのが過去の図面だ。図面には100年時計を製造して培ってきたノウハウが詰め込まれている。例えば針とガラスの隙間はどのくらい詰められるか、針の先は何ミリまで細くできるか、どのような印刷版にしたら細かな文字が潰れずに印刷できるのか、といった先人たちの経験値を、過去の図面から読み取ることができるのだ。
デザイナーは過去の図面を閲覧できる。新しい時計をデザインするときは、まず図面をひたすら見て、その中からアイデアを膨らませ、1/100mmを攻めていく。歴史を踏まえ、針の1本、ネジ1本の形までデザインしていくのだ。
歴史の積み重ねをどう活かし、アップデートしていくか。それが腕時計の面白いところだという。

時計は金属製品なので、射出成形で作るような樹脂製品とは作るプロセスが違う。数万円の時計であっても、まず金属の板を打ち抜いて鍛造で大まかな形を作る。それから旋盤切削、NC切削でより細かく形を作り込み、最後には必ず人手で研磨をする。
この研磨という工程があるため、簡単に0.3mmくらい形状が変わってきてしまう。だからデザインするときは、製造工程や研磨手法が頭に入っていないと思い通りの形にならない。
組み立て工程でも公差が発生する。例えば針の先端と盤面の目盛りの位置を合わせる場合。針の製造公差、組み付け公差、目盛りの印刷位置や幅の公差、ムーブメントの組み込み公差など、多くの公差が発生する。価格帯によっては1台ずつ合わせこむことができないので、公差を許容したデザインを考える必要がある。

石原氏が挙げたもうひとつの差、それは「個人差」だ。時計には性別、ファッション、年齢、ブランドの哲学、使うシーン、さらに国や地域、肌の色、好みの差もある。そして価格差。SIIで作っている製品でいうと、5076円から5400万円まで。時刻を表示するという同じ機能の中でこれだけの差が存在するというのが、他の業界にはない醍醐味だと石原氏は語った。
わずか直径4cmという小さな腕時計だからこそ、ほんの少しの差が商品性にダイレクトに影響する。アップで見られることも多いから、わずかな妥協も許されない。そんな中で、他に類を見ないほどの多様性を表現しなくてはならない。そんな腕時計デザインの難しさと魅力がビシビシ伝わってくるプレゼンテーションだった。
エルゴノミクスを表現したドーム状デザイン
最後に登壇したのは石川慶文氏。1984年に入社し、キヤノンでカメラの領域を手がけてきた。
最初に紹介したのはEOS-1V。2000年、シドニーオリンピックの年に発売され、なんと2018年の秋まで現役で販売されていた、キヤノンとしては最後のフィルム式一眼レフカメラだ。

EOS-1シリーズといえば、泣く子も黙るプロ向けカメラの最高峰。過酷な報道写真の現場でも耐えられる頑丈さ、トップアスリートの一瞬の動きを逃さない機能性など高いスペックが求められる。このためシャッターにはカーボンファイバーを採用。さらにボディには、はじめてマグネシウムをモールディング(射出成形)して製造した。
ただしプロ向けの機種はデザインへの制約も大きい。操作方法やグリップの握り心地などの使い勝手は、過去の機種からの継承性が求められる。さらにマウント(レンズを装着する部分)も仕様が決まっているため形状は変えられない。

そんな多くの制約の中、デザイナーがほぼ唯一自由にデザインできるのがペンタヘッド部分。一眼レフの中央上部にある突起部分だ。
ここの形状を、石川氏は装飾的なキャラクターラインをまったく使わない、ドーム状の有機的な形状を提案した。光学的に理詰めで作ったレンズと、エルゴノミクスを重視した人間の身体の延長線上にあるようなボディがマウントでぶつかり合う、コントラストの強いデザインを狙ったという。

従来とは大きく異なるデザインのため、社内では反対の声もあった。だがここで追い風が吹く。マグネシウム製のボディは研磨工程が入るため、どうしても微細なラインが表現できないことが判明したのだ。結果的に製造面でもメリットがある有機的なペンタヘッドが採用され、現在まで続くEOS-1シリーズのアイコンとなった。


