ミクロを積み重ねるとマクロになる精密機器分野のプロフェッショナリズム

Apr 13,2019report

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Apr13,2019

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ミクロを積み重ねるとマクロになる 精密機器分野のプロフェッショナリズム

文:
TD編集部 出雲井 亨

JIDAビジョン委員会が主催するフォーラム、「インダストリアルデザインのプロフェッショナリズム」シリーズの第3回が、2019年3月7日(木)に開催された。今回のテーマは「精密機器」だ。

シャッターへのこだわり

カメラは世界中のあらゆる人種の人々が使う製品。ユーザーの指の太さも違うため、レリーズ周りの造形にはかなり苦労したそうだ。レリーズ(いわゆるシャッターボタンのこと)の周りのくぼみは、わずかに深さを変えたモックアップを多数作り、さまざまな人に試してもらって決めたという。このくぼみをキヤノンではスプーンカットと呼ぶ。

印象的だったのが、徹底的に「レリーズファースト」を追求しているという話。
プロカメラマン向けの機材は、いつ、いかなる瞬間でもシャッターが切れなければならない。突然シャッターチャンスが訪れ、パッと机の上のカメラを掴んだときにもストラップがレリーズを隠してしまわないよう、ストラップホルダーには微妙な角度がつけられている。また、エルゴノミクスに加えて、サービスマンが整備しやすいカバー構成にするなど、プロ用機材としてメンテナンスにまで配慮されたデザインとなっている。

長い間プロに鍛え抜かれてできあがった造形には、細部まできちんとした理由があるのだ。
フォーラムの終了後、EOS-1Vの実機を触らせていただく機会があったのだが、シャッター周りの造形は、筆者が使用しているEOS 7Dとうり二つ。フィルムカメラとデジタルカメラという違いはあるものの、レリーズの押し心地やグリップの握り心地、ダイヤルを回したの感触まで見事に共通していて、さすが徹底しているな、と感心した。

当日会場ではEOS-1Vの実機も見ることができた

技術の可視化もデザイナーの役割

キヤノンでは「ほんのちょっとの違い」の可視化にも力を入れている。
石川氏が紹介したのは大型印刷機やインクジェットプリンターの技術説明映像。製品の内部機構の動きがCGアニメーションで再現されており、用紙を送るローラーの動きや、数ピコリットル(1兆分の1リットル)というごく少量のインクを吹き付ける様子など、通常は見られない部分のしくみを映像で直感的に理解できる。

これは設計者が作ったCADデータをベースに、技術をデザイナーが解釈して作成した映像。社内の技術を説明するのが難しくなってきているため、それを可視化するのはデザイナーの大切な仕事だ、と石川氏。製品の見た目や使い勝手だけでなく、技術や魅力を分かりやすく伝えていくのも、デザイナーの役割なのだ。

社員用診療所の活用

最後は、今キヤノンが最も力を入れているという医療機器領域の話。オリンパス鈴木氏の話にも出てきたが、デザイナーにとってプロカメラマンよりもさらに遠い存在なのが、ドクターや検査技師だ。

キヤノンでは、2017年に社員用診療所がデザインセンターのある建物内に移設・リニューアルされた。ここは社員用の診療所としても機能するが、導入された最新型のCTやMRIといった大型設備をデザイナーが実際に見学できる施設としても使用している。
例えばCTのコントロールルームでは、実際にパソコンの画面を見ながらCTを操作する様子の見学や、検査のワークフローを体験できる。また狭い場所に置かれた機器でメンテナンスの難易度を確認することもある。この診療所によって、医療に関する知識や経験はかなり高まったという。

患者への配慮、ドクター・技師への配慮が凝縮された実例として、石川氏は眼科で使われる眼底カメラを紹介した。実際に機器が使われている様子をデザイナーが観察して課題を発見し解決した事例だ。
例えば、技師の姿勢だ。カメラをはさんで反対側に座った患者に手を伸ばし、まぶたを手で押さえることがあり、無理な姿勢を強いられる機会が多いことが分かった。さらに患者さんも機器にアゴをのせ前傾姿勢になるため、高齢の患者さんは診察が長引くと腰の痛みを訴えることがあった。
こういった問題を踏まえてデザインされたのがCR-2だ。アゴを載せる部分は従来より低くし、さらに自然に手を伸ばした位置にグリップを設けることで患者さんは上半身の体重を支えやすくなった。検査する左右の眼に合わせて本体をスライドさせる際、中間で本体と台座の側面が一致するようにデザインしてあるため、スライド量の目安が分かりやすくスムーズにスライドすることができる。

このように医療機器では実際に現場を見てデザインのヒントや課題を見つけることが非常に重要、と石川氏は力説した。

インダストリアルデザイナーの「核」とは

実は石川氏には、今回の登壇に当たって運営側から「インダストリアルデザイナーという職人たる核とは?」という“宿題”が出されていた。その答えとして、以下のような考察を披露した。
現在はデザインという名の下に、マーケットリサーチやパッケージ、プロモーションからデザインシンキングの講師まで、ありとあらゆる事柄がぶら下がっている。その中で、工業デザイナーの核とは何だろうか。石川氏は3つのポイントを挙げた。

1つ目は、オブザベーションから造形を導くこと。自分がユーザーになれないケースは今後増えてくる。自ら対象を詳細に観察して課題を発見し、それを解決する造形を生み出すのがデザイナーの役割だ。

2つ目は、「身体」と「道具」を造形で融合させること。つまりエルゴノミクスだ。人間の体が使うために適した形は何か。それを考えるのはデザイナーしかいない。

そして3つ目は「造形」と「産業」を結びつけること。形を考えるだけではなく、どうやって実現するかまで考えるのがデザイナーの守備範囲だ。図面や3D CADを駆使して自分の造形を生産者に伝える。それができないとプロのデザイナーとはいえない。さらに製法を理解して最適な作り方を考えるのもデザイナーの重要な仕事となる。

3名のプレゼンテーションのあとは、ファシリテーターの蘆澤氏、そして会場からの質疑応答が活発に交わされた。

ミクロの積み重ねがマクロになる

精密機械のデザイナー3名による今回のプレゼンテーションを見て強く印象に残ったのは、想像以上に細部までこだわってデザインしている、ということ。これまで何気なく使ってきたカメラやレンズ、小さな腕時計を作り上げるに、どれだけ膨大な工夫や試行錯誤が隠されていたのか、その一端を見ることができた。デザイナーではない自分にとっては大きな驚きだった。

冒頭の山田氏のコメントにもあったとおり、まさに「ミクロの積み重ねがマクロになる」という世界がそこにはあった。細部まで妥協せずにデザインするからこそ、筋の通った製品が生まれ、大きな目的に向かって進めるのかもしれないと感じた。

 

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