【編集部トーク】「デザイン誌」を考える (前編)社会の中での役割、時代としての役割

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【編集部トーク】「デザイン誌」を考える (前編) 社会の中での役割、時代としての役割

文:
TD編集部

前後編でお届けしてきた「アクシスと考えるこれからのデザイン」。現編集長と前編集長に敢行したロングインタビューの公開を終え、編集部トークを行いました。集まったのは、アリ編集長、エディターのマーサ、ライターのフジューの3名。『AXIS』の話題から、デザイン誌の意義について考えさせられました。

(前回の記事)『アクシスと考えるこれからのデザイン』
前編:編集長が語るデザイン誌『AXIS』のいま
後編:どこからどこまでが「デザイン」なのか?

デザイン誌が持つ役割とは

アリ編集長:どんな雑誌にも「社会の中での役割」「時代としての役割」ってあると思うんですよ。最近は廃刊や休刊になる雑誌も多いですが、それもある意味で「役割」が変化していった結果としてそうなっている。
デザイン誌も同じような状況のなか、『AXIS』(1981年創刊)は続いているんですよね。それは社会、時代として何らかの「役割」を果たしているから続いているのか、単純に資本が潤沢だから続いているのか、まずは個人的に知りたいと思いました。
素敵なコンテンツを毎号掲載していた雑誌が、広告収入が減ったとか、ビジネス上の理由で休刊になるのは悲しくて。もちろん理解はできるんですけどね。

フジュー:かなり率直な話ですが、いま雑誌を語る上では欠かせない部分ですよね。

アリ編集長:編集部だけじゃなく、出版元が変わることもあるじゃないですか。でも、そういうこともなく『AXIS』が続いてきているのは、まず第一に、読者や雑誌にとってはすごく幸福な状況じゃないかなというのが個人的に感じるところです。

時代がどんなに変わっても、親会社の経営が安定していれば雑誌って続くんだと思います。いや、親会社というと語弊があるかもしれませんが、要するに出版元にお金があって、雑誌への理解があれば、あとは編集部がしゃにむにつくることで、なんだかんだ雑誌は続く。もしかすると(アクシスが力点を置いている)プロダクトデザインが成長産業だったということも『AXIS』の歩みには関わっていたのかもしれませんが。

フジュー:なるほど。

アリ編集長:デザイン誌を取り巻く環境は厳しい。美術出版社の『デザインの現場』(1984年創刊)は2010年に休刊してしまいました。本当にみんな読んでいたのに。
玄光社の『イラストレーション』(1979年創刊)は、休刊や復刊を経ていまは季刊としてがんばっていますね。だから、こうした難しい刊行状況の中での『AXIS』のがんばりと継続性はもっと評価されてもいいんじゃないかなって思うんです。

『デザインの現場』をはじめとするヴィンテージ雑誌を求めて蔦屋書店 代官山を訪れると、偶然「ジャパンデザイナーとデザイン雑誌」というフェア中でした。

フジュー:インタビューでお話をうかがったときにも、会社全体の収益の要はデザイン・ソリューションの提供(いわゆる「デザイン事務所」的な部門)にあって、雑誌はどちらかといえば広報戦略に近い位置づけにあるのかなという印象は受けました。
だから会社全体としては、一方ではソリューション提供で収益を獲得し、他方で社のブランディングや情報発信、シーンの活性化をはかるといった風に、トータルで「アクシス」という会社のブランドと収益を形づくることを重視しているのかなと思いました。

マーサ:そう考えると、『AXIS』はオウンドメディアの走りっぽいですよね。

アリ編集長:たしかに。当時(1981年)は紙媒体しかなかったもんな。

マーサ:その頃アクシスがプロダクトデザインを通じてアプローチしたい先が、そのまま『AXIS』の読者層だったのかもしれませんね。

アリ編集長:とはいえ、「アクシスビル」全体で店舗を展開して、さらにメディアまでつくるって、どんだけ資本投下できたんだよって話じゃない?

マーサ:余ってたんですかね……(笑)。

アリ編集長:分かんないけど、国外に目を向けてみたときに、あの業態ってものすごく希有なんじゃないかなとは思います。自社ビルがあって、自社メディアまで持っていてそれを続けているって、かなりすごいことじゃないですか?

ところで雑誌に関してはもうひとつあって、国外にバイリンガルで発信している日本のデザイン誌といえば、『AXIS』に加えて、誠文堂新光社から出ている『アイデア』(1954年創刊)しかないと思うんですよ。

『AXIS』最新刊と『アイデア』。他にも、世界のデザイン雑誌を何冊か。

(ほかのデザイン専門誌が軒並み1980年前後に創刊しているのに対して)1954年という、とても早い時期からマルチランゲージで世界に扉を開いていたというところは『アイデア』の特筆すべき点だと思います。

三栄書房から出ているカーデザイン雑誌の『CAR STYLING』(1973年創刊)もそうかもしれませんが、早い時期から世界と日本の関係を考えていた雑誌のあり方は、収益や運営の問題を乗り越えて社会的に高く評価されるべき点じゃないかなと思っているんですよね。

世界に向けてデザインを発信する

フジュー:バイリンガルの雑誌といえば、アートの雑誌ですが『ART iT』(2003年創刊、2009年休刊)がありましたよね。

アリ編集長:ありましたね! 懐かしい。

フジュー:いま『ART iT』はウェブに移行してしまって、紙はなくなっちゃいました。紙の創刊号の表紙はオノ・ヨーコのポートレイト。休刊になった24号の表紙は当時のヴェネツィアビエンナーレ日本館代表のやなぎみわが務めるという風に、(当代を代表するクリエイターのポートレイトが飾るという意味で)表紙の考え方も『AXIS』と似ていました。

アリ編集長:そう、似てた……! でもその『ART iT』も紙から撤退したわけで、じゃあ、日本から世界にデザインを発信する雑誌の役割は今後どうなるんだろう? もし『AXIS』がやめますと言ったら『アイデア』だけになるわけだよね?

業界全体としてはウェブに移行してきているから、紙はもういいよという社会に完全に移り変わってしまうと、この国は紙の雑誌の役割をどう捉えているのかという話にもなりますよね。
あるいは他の国の状況も考える必要もある。国外の雑誌で、バイリンガルで刊行されているものはどれくらいあるんだっけ? 

フジュー:中国では『Design360˚』(2005年創刊)という雑誌が刊行されていて、中国初の中英バイリンガルのデザイン誌として位置づけられているみたいです。中国版の『アイデア』みたいなところがあるかもしれませんね。

Design360˚』のサイトより。

アリ編集長:あ、それがあったね。そういえば僕も買いました。

フジュー:最新号(78号)ではちょうど『アイデア』をはじめとする世界のデザイン雑誌が特集されているんです。

アリ編集長:マジですか……。

フジュー:ちなみに拠点は広州にあるそうです。

アリ編集長:広州、いい町ですよ。全然守備範囲です。キャバクラも20軒ぐらい知っています。

フジュー:むちゃくちゃ詳しいじゃないですか……(笑)。

マーサ:もはや地元ですね……。

フジュー:しかも聞いた話だと、編集に携わっているのは30代の若手が中心。日本におけるデザイン誌のはじまりもそうだったのかもしれませんが、社会がある程度豊かになってくるのに応じて求められてくる「役割」にこたえる過程で、そうした専門誌が登場するのかもしれませんね。

実際に『Design360˚』の誌面を見てみると、構成のところどころから背後にある資本的な余裕やつくり手の楽しみが伝わってくるときがあって、何となく昔の日本の雑誌みたいな印象がするなと思ったことも事実です。

アリ編集長:日本ではDTPの黎明期にクオリティの高いもの、低いものも含めて100誌ぐらいの雑誌が林立したんです。僕はそのときに片っ端から買っていて、いまも全部持っているんですけど、そういう雑誌はだいたい3号とかで終わっちゃうんですよね。

でも、新しいムーブメントには寄り添いたくなる「匂い」みたいなものがあって、そういう匂いに敏感な人たちの視点ってすごく面白い。
もしかすると、高い熱量を持って新しいものに向き合うという行為に、雑誌というメディアはすごく適しているのかもしれません。

マーサ:たしかに。その時代の「いま」を切り取り、物理的に制約がある中で一冊にまとめ上げるという行為自体が、「新しい概念を整理して言語化する」という思考プロセスそのものに似ているように思います。

アリ編集長:雑誌のビジネスモデルについては衰退が叫ばれていますが、そういった意味での「デザイン誌の意義」も、これから『TD』で追っていきたいところですね。

……

徐々に盛り上がってきたところで、前編はここまで! 後編では実際に『AXIS』編集長にお話を聞いた編集部員のストレートな感想から、日本国内のデザイン誌の未来まで、より深く掘り下げたトークをお届けします。

 

次回「【編集部トーク】「デザイン誌」を考える (後編)」は3月8日(金)の更新予定です。

 

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