はじめての美術館と対話型芸術鑑賞|子どもと歩くアートの世界 vol.1

Aug 09,2019report

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Aug09,2019

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はじめての美術館と対話型芸術鑑賞 |子どもと歩くアートの世界 vol.1

文:
TD編集部 青柳 真紗美

夏休みの親子散歩に、涼しくて刺激的な美術館はどうだろう? TD編集部青柳が4歳の息子とともに美術鑑賞の楽しみ方を模索する。子どもが生まれてアートから遠ざかってしまったという人にも、子どもと一緒にアートと向き合ってみたいという人にもおすすめできる「対話型美術鑑賞」をご紹介。

子どもと一緒に美術館巡りを楽しむなんて、無理?

幼い頃は、美術館は避暑地で暇つぶしに訪れる場所だと思っていた。
買い物をするわけでもなく、手足を使って遊ぶわけでもない。当時はいささか退屈だった。

ただ目の前にあるものを見つめるという行為が、これほど贅沢なものなのかと気づいたのは最近のこと。
都内には大小様々な美術館が100以上もあるという。いつからか「親子で美術館巡りを楽しめるようになりたい」と考えるようになった。美術館は子連れでの外出先として、動物園や水族館と比較すれば遥かにハードルが高い。しかし「アートの楽しみ方」がわかるようになったなら、休日の過ごし方は私・息子双方にとって、もっと豊かなものになるだろう。だが、まだ幼い息子にアートの楽しさを伝えられる技量を、私は持ち合わせていない。やはり彼が成長するまで待つしかないのだろうか……。

そんなことを考えながら過ごしていると、親子でアートを楽しむことを目的としたイベントや情報が目に入ってくるようになった。
その中で、題名を読んだ瞬間にピンときたのがこの本だ。
私の中の自由な美術 -鑑賞教育で育む力- 』(光村図書,2011)。

子ども向けのアート情報は、そのほとんどが体験型(いわゆるお絵かきや工作)の情報を紹介するものである。そんな中で本書は「子どもの美術鑑賞」にフォーカスしている。
この本との出会いをきっかけに、私と息子のアート散歩が始まった。美術館での息子との時間は、それまでに私がイメージしていた「子どもと歩くアートの世界」を大きく変える、刺激に満ちたものとなった。

2つの問いから、思索的に美術に触れる

本書では「対話型美術鑑賞」の手法とその教育的効果について述べられている。
著者である上野行一(うえの・こういち)氏は、日本人の「大型美術展志向」のある国民性についてふれ、日本の美術教育の特徴を「第一に知識の伝授、第二に感動の強要、第三に指導の放棄である」と述べている。
学校の美術の授業では、答えが一つでないものや正解がないものに対してまで「正しい考え方」や「望ましい考え方」を教え込む風潮があり、そのことで美術の持つ本来自由な世界が失われてしまっているのだという。結果的に大人たちは「どこかで見たことのある作品の実物を『確認』するために」、あるいは「実物を見たという満足感を得にいくために」美術鑑賞をしている、という指摘には思い当たることも多い。

上野氏は同時に「専門的な知識が鑑賞の目を曇らせる」と指摘する。作品に添えられた解説や創作(制作)の背景、そして批評家のコメントを読むことによって、その作品が持っていた「作品と、見る人の対峙の中で生まれる感動」は上書きされてしまう。
あなたも経験があるかもしれない。国内外の美術展に足を運んでも、ひとつひとつの作品を見つめる時間はほぼ数十秒から数分。パネルに書かれた文章を読んでわかったような気になって、「美術鑑賞」を終える。

それに対し、上野氏が提案する「対話型美術鑑賞」はとてもシンプルだ。
「どんな出来事が起こっているのだろう?」「これは何だろう?」という二つの問いによって「思索的にアートを見る」ことを教育的観点から整理している。

同書では、著者が実践した様々な対話型美術鑑賞の様子が詳細に語られている。
例えば、かの有名な「モナリザ」に対し、小学生たちと「どんな出来事が起こっているのだろう?」「これは何だろう?」という2つの問いで迫っていくエピソードは秀逸だ。

「田中くんちのおかあさん」
「怒っている」
「手が痛い人」。

子どもの稚拙な感想だと侮るなかれ。詳細は是非書籍を読んでみてほしいのだが、学芸員によるファシリテーションで引き出されていく彼らの視点とアイディアは、時として批評家たちを唸らせるほどの本質的な視点を含んでいた。

親子で対話型美術鑑賞にトライするために

『私の中の自由な美術』を読んで対話型美術鑑賞に興味を持った私は、上野氏の別の著書も読んでみた。

風神雷神はなぜ笑っているのかー対話による鑑賞完全講座』(光村図書,2014)。主に授業を構築する人に向けて実践的な内容が書かれている。この中で特に参考になったのが、「作品選び」と「ファシリテーション」の解説である。

まず、どんな作品を選ぶといいのかという問いに対し、上野氏は「育成する資質・能力と発達段階からなる学習課題を明確にして作品を選ぼうとする姿勢」が大切だと述べている。
一つの提案としては、「物語性の強い作品」だ。対話を促すという目的にかなっているため、子どもや鑑賞初心者に対してはよい選択だとされているようだ(注:著者によると、学習課題によっては物語性が必ずしも必要ない場面もあるため、あくまでも「対話を促す」という目的に対して選ぶ場合の一つの選択肢だという)。

次に参考になったのがファシリテーションについての解説だ。
教師や学芸員に対するファシリテーションの極意が詳細に指南されており、これは親子で対話型美術鑑賞に臨みたい人にも役立つだろう。

まず、初めての鑑賞の際に「(絵の見方に)正解はないんだよ」ということを伝える。その上で、相手に投げかける質問、指示、説明などの進行活動(ナビゲーション)と、支援、奨励などの応援活動(リレーション)を意識的に実施することによって対話を円滑に展開させていくという。

「開かれた質問」についての解説は特に印象深い。
対話型美術鑑賞は、「どんな出来事が起こっているのだろう?」「これは何だろう?」という2つの問いから始まる。この2つの問いはどちらもオープン・クエスチョン、開かれた質問だ。
上野氏は、答えが一つに限られる質問や「はい・いいえ」のどちらかで終わる質問を「閉じられた質問」とし、これを低次の認知的質問だという。相互の共通理解を得るためにはこの質問は有効だが、解釈や分析、洞察などの「個々の見方」を深めるためには「開かれた質問」が必要なのだという。

「リレーションの9つの要素」は親子にこそ有効だと感じた。いつものコミュニケーションに新たな「型」を加えることで新鮮な気分になり、今までは気づかなかった一面をお互いに知ることもできる。具体的には、①確認②繰り返し③言い換え④要約⑤付け足し⑥掘り下げ⑦賞賛⑧同意⑨励ましに分類される「リレーション」を積極的に取り入れるという提案だ。近い距離だからこそ、意識的にこうした応援活動を行うことで子どもの自信や、「またやってみたい」という興味に繋げていくことが重要だと感じた。

上野氏の著書を読み進めると、対話型美術鑑賞を試してみたくてうずうずしてくる。
そこで息子を連れて訪れたのは、東京・恵比寿にある山種美術館だ。創業者の山崎種二氏(山種証券 ※現SMBC日興証券の創業者)が個人で集めたコレクションをもとに、1966年7月、日本橋兜町に日本初の日本画専門美術館として開館したのがはじまりだという。物語性のある作品と、息子が言語化できる対象物が描かれている作品を選ぶことを意識し、この美術館を選んだ。

しかし、日本画なんて、私でさえ理解できないのに息子は楽しめるだろうか。

実践レポート:「奥入瀬<春>」から聞こえた木々の会話

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